泥のような11月も終わり、枯れた花のような12月が始まり、ほんのりと赤いつぼみに奇麗な花が咲く事を祈りながらささやかに年が明けるのね
何かにもたれかかれるなら、イマかもね。おめにかかれるならあってみたいわ、マンハッタンか後楽園辺りで。何も聞かなければ何も言わないし、ピアノなんて弾けないわ。
ヨレヨレのスエットと長い髪を束ねた緑色のゴム、足下は裸足なのですこしだけ寒さが下の方からやってくるがそれよりも今は、ベランダには場違いなこの明るい茶色の少し小さめの椅子に腰掛ける。足下には隣人がこちらに投げ捨てたいやらしい色の口紅のついた細長いタバコ。ヨレヨレになった部屋着のグリーンのカーディガンからくしゃくしゃの細長いタバコを取り出す、煙がシレーっと舞い上がる
ベランダからみた私の部屋は一人で住むには少し大きくて、色褪せた映画のポスターが貼ってあるくらいで何の変哲もない、物語と叙情性に欠けた部屋。でも一つ何かあるとするならばあの色褪せたポスターがこの部屋の一番大胆な所に貼られた時からあたしは髪を切っていないって事。
もしも大きな幹線道路をこの足でまたいで渡れるならスカートの中なんて誰にでも見せるわ、気持ちのいい寝起きなら襲われても文句は言わないわ。昨日の事が頭の片隅にへばりついているのか?それとも・・・目の前に見えるこじんまりとした小さな黄色い家と私の頭ん中は割り切れない事だらけでこんがらがっている。吸いかけの細長いタバコを足下に放り投げここよりは暖かい部屋の中に入って決めた。今日、会社を休むって。
全ての用意を整えTRFのあの冬の歌を口ずさみながらクローゼットから薄いジャンパーを手に取った時にハッとした。気のせいかと思ってもう一度自分で言ってみた。「薄いジャンパー。」薄いジャンパーって?えっ?何?手から溢れ落ちたうすいジャンパー。ちょっと待って?それ全然絵にならないわ。っていうか言葉としておかしいし可愛らしくないし、
遠い国のあの映画監督の黒ぶちメガネが少しだけ傾くわ。
未だ玄関から出れずにいるのに、会社には遅刻しちゃいそうなのにデタラメな言葉を意味もなく頭のなかをかけ巡る。負の匂いがする老人、黒人じゃないホイットニーヒューストン、不細工な阿部寛、使い古しの総理大臣、水木しげる先生、沼、環七沿いの沼、建て売りの水木しげる先生、そしてまた沼、そう。止まらないの、デタラメな言葉達が玄関に私の体から離れ落ちた薄いジャンパーにどんどんと吸い込まれていくわ。何?これが薄い世紀末?いやちがうわ薄いマジック、虚像?
もしもよ、神様がジャンパーとしたらよ、薄い神様になってしまうじゃない?そんなの神様じゃないしあたしそんな神様がいたら明日、一緒にお台場行こうってくらい軽いノリでしゃべりかけてしまいそうで怖いわ。
デタラメなジャケットから口紅を取り出し慌てて塗り、勢い良くドアを開けてカギをかけずに出て行く。玄関に置き去りに去れた薄いジャンパーとそのポケットから覗いた細長いタバコのパッケージ。
甲州街道沿いの小さなアパートのベランダに捨てられた二本のタバコと何個かの嘘。