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わたしが夢から醒めたときには……。
もう、窓からの光が、だいぶ傾いてた。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったけど……。
剥き出しの下半身が、すべてを思い出させてくれた。
裸のお尻に、鳥肌が立ってた。
教室を見回しても、ともみさんもあけみちゃんもいなかった。
今度こそ、置いてかれたみたい。
誰もいない教室で、下半身裸でいることが、いたたまれなかった。
誰かに見つかるんじゃないかって、恐ろしくなった。
わたしは、隠しようもない下腹部を晒したまま階段を駆け降りた。
「あぁ」
安堵の溜息が、声になって零れた。
1階の床には、わたしのスカートと鞄が落ちてたの。
わたしが戻るのを待ってくれてたみたいに。
鞄はともかく、スカートが無ければ、校舎を出ることさえ出来ないんだからね。
ほんとにホッとした。
ショーツは見当たらなかったけど。
スカートを着けてあたりを見回した。
でも、あの2人の姿はもちろん……。
あの2人の持ち物も、何ひとつ残ってなかった。
わたしを置いて、2人で行っちゃったのかと思うと、切なかった。
でも、スカートや鞄を置いてってくれた気持ちが、すごく嬉しかった。
わたし、小学校のころ、虐められてた時期があってさ。
よく、持ち物隠されたんだよね。
鞄を抱えて木造校舎を出ると、体育館脇の通用口から新校舎に戻った。
鍵が掛かってるんじゃないかって心配したけど、大丈夫だった。
人影のほとんど無い新校舎を駆け抜け、寄宿舎まで一直線。
その晩は、なかなか寝付けなかった。
疲れてたはずなのにね。
ともみさんとあけみちゃん、2人と知り合えた興奮が収まらなかったんだ。
新しい友だちが出来たっていうより……。
わたしにとっては、肉親に出会えたみたいなもの。
そう、“変態”という血を分けた、かけがえのない肉親なんだよ。
翌日は、放課後が待ち遠しかった。
もちろん、また2人に会いに行こうと思ってさ。
終礼のチャイムが鳴ると、真っ直ぐに体育館脇に向かった。
人通りの絶えたタイミングをはかり、通用口を抜ける。
踏み段から駆け出したわたしの脚が……。
止まった。
無かったのよ。
木造校舎が。
確かにきのう、木造校舎のあった場所は、テニスコートになってた。
わたしは、ふらふらとコートまで歩いた。
確かに、ここだったはず。
でも、何度見回しても、何もない。
まだ部活が始まってないらしく、コートには誰もいなかった。
テニスボールがひとつ、赤土の上に転がってた。
いくら何でも……。
たった一晩で校舎が取り壊されて、テニスコートに変わるわけがない。
場所を間違えて覚えてたんだって思った。
記憶が混乱してるんだって。
それから、校内を探しまわった。
隅から隅まで探した。
でも……。
木造校舎なんて、どこにも無かったの。
小さなものを探してるわけじゃないんだよ。
校舎なんだからね。
見つからないわけ、無いじゃない。
もちろん、諦めきれなかった。
翌日も探した。
その翌日も。
でも見つからない。
勇気を出して、新しいクラスメイトにも聞いてみた。
木造校舎への行き方。
答えはひとつだった。
そんなもの知らないって。
みんなして口裏合わせて、わたしに教えないんじゃないかって思った。
やっぱり、わたしの友達は、あの2人しかいないんだ。
探すうちに、どんどんそう思いこんでいった。
絶対見つけてやるって……。
意地になった。
何日探したろう。
その日の放課後も、木造校舎への入口を探して、校内を歩きまわってた。
そしたら、体育館脇の通用口あたりで、音楽の先生と鉢合わせしたの。
ていうか、その先生、わたしのこと待ってたみたいなのよね。
転校して間もなかったから、音楽の授業を受けたのは、まだ数えるほどだった。
でも、初めての授業のときから、ヘンな気がしてたんだ。
わたしのこと、じっと見るの。
転校生だから、気にかけてくれてるのかなとも思ったんだけど……。
なんか、粘り着くみたいな視線を感じてね。
で、わたしは一礼して擦れ違おうとしたんだけど……。
先生に声をかけられた。
「棚橋さん?
だったわよね」
「はい」
「何かお探し?」
「い、いいえ。
別に」
「それじゃ、少しいいかしら?
お話ししたいことがあるの。
音楽室に来てくれない?」
気が進まなかったけどね。
転校早々、教師に楯突くわけにもいかないし……。
渋々、後をついて行った。
音楽室の扉を開けると、中は真っ暗だった。
窓に緞帳が下がってたの。
暑かった。
「今開けるわね」
先生は、教壇に近い緞帳を、一面だけ開けた。
窓の外から西日が射して、床材の木目に伸びた。
新しい鉄筋校舎だったけど……。
音楽室だけは、床も壁も、木製だったんだよ。
先生は、窓も少しだけ開けた。
「あんまり、風入らないわね。
少し暑いけど、我慢して。
寮に帰ったら、お風呂入れるでしょ?
あ、そこ座って」
先生は、ピアノ椅子を指差した。
グランドピアノの前に据えられた椅子。
一瞬、試験でもさせられるのかと思った。
でも違った。
「部活とか、決まった?」
「いいえ」
「よかったら、写真部に入らない?
わたしが顧問をしてるの」
「はぁ」
「どうやら……。
わたしのこと、覚えてないようね」
わけもわからず、先生を見上げた。
「それじゃ、これならどうかしら?」
先生の両手が、顔の脇まで上がると……。
メガネのセルフレームに添えられた。
フォックス型の黒セルだった。
先生は、メガネをゆっくりと外した。
「あ!」
「やっと、気がついてくれたみたいね」
メガネフレームの外れた顔は、つるんとした卵みたいだった。
そう、その顔はまさしく、あの「あけみちゃん」にそっくりだったの。
でも、木造校舎で見た「あけみちゃん」は、間違いなく同年代の子だった。
それに対し、目の前の先生は、どう見ても二十代後半……。
ひょっとしたら、もっといってたかも。
「会ったでしょ、この顔に?
木造校舎で」
わたしは、うなずくしか無かった。
「もっとも、年齢は違うけどね。
あの子、誰だと思う?」
「妹さん、ですか?」
「ハズレ。
あの子の名前、覚えてる?」
「あけみ……、ちゃん」
「そう。
そしてわたしの名前は……」
先生は、扉の脇を指差した。
そこには、火元責任者を表示するプレートが掛かっていた。
プレートに書かれた名前は……。
第二十話へ続く
文章 Mikiko
写真 杉浦則夫
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