悲鳴とともに、擦り合わされた太腿のあわいから、水流が噴き出した。
「どこの世界に、脚閉じたままおしっこする人がいるのよ。
脚を開けっての」
先生が、片脚を抱え上げた。
それを追って、もう片脚が持ちあがる。
「美里、そっちの脚抱えて。
ほら、お腹から降りていいから」
わたしは、すぐに言われたとおりにした。
理事長のお腹に載ってることには、気が咎めてたから。
「いやぁぁぁぁぁ」
両脚が開くと同時に……。
綺麗に剃り上げられた股間から、ダムの放水口のように水流が噴き出した。
暴れる脚を、懸命に抱き締める。
「起こすよ」
あけみ先生が、顔を振って方向を示した。
片手を、理事長の腰にあてがってる。
「せいのっ」
先生の掛け声に合わせ、わたしも理事長の腰を押しあげた。
理事長の背中が捲れ、腰が持ちあがる。
理事長の下半身は、天井を指して起ちあがった。
もちろん、おしっこは止まらない。
中空に噴き出した尿は、理事長の頭を越えた。
「いやぁぁぁぁ」
「スゴいスゴい。
公園の噴水に、こんなオブジェがあったらいいね。
小便小僧なんかじゃなくて。
まんぐり返しで、おしっこ噴き出す女の像」
わたしの腕の中で、理事長の脚は、魚のように暴れた。
懸命に抱き締めてると、次第に魚は弱っていった。
理事長の全身から、強張りが抜けるのがわかった。
「やっと諦めたみたいね」
理事長は、仰向いたまま泣いていた。
頭上を叩いてた尿が、ようやく力を失い、泣き顔に降り注ぐ。
理事長は、顔を背けて避けようとした。
「自分のおしっこじゃないの。
ちゃんと飲みなさいよ」
あけみ先生が、理事長の髪を掴もうとしたけど、もう間に合わなかった。
水流は、一気に勢いを失い、理事長の胸を縫い上がった。
名残の雫が、恥丘を濡らした。
「もう、お終い?
なーんだ。
つまんないの」
先生は、理事長の脚を離し、身を起こした。
わたしもそれにならう。
理事長は、両脚が自由なまま床に投げ出された。
起ちあがることも出来たはずだけど、頬を床に着けたまま泣くばかりだった。
もっとも、背中のロープがあるから、逃げられはしないんだけどね。
「何だか魚河岸みたいね。
床に投げ出された白イルカ。
美里、水槽の水で、ちょっと流してくれない?
両手入れて、ばちゃばちゃやって。
そうそう。
こっちまで届く?
白イルカさん、おしっこまみれだから。
無理そうね。
あ、ホースがあるんだった」
先生は、シンクに向かうと蛇口を捻った。
床のホースが踊り出す。
「部屋の中で水撒きするなんて、初めて」
ホースを拾った先生は、水の出口を指で絞ると、天井に向けた。
電球の明かりを受けて広がる水は、蜻蛉の翅みたいに虹色に輝いた。
「理事長。
雨漏り、大丈夫かしら?
この下の部屋って、なんだっけ?
ま、このぐらいにしておこうか。
水漏れ騒ぎになったら面倒だから」
先生は身を翻すと、シンクに消えた。
ホースは命を失い、床に静まった。
戻った先生は、腰に手を当てて床を見回した。
「スゴいことになっちゃったわね。
これからが本舞台なのに。
どうするかな?
あ、そうだ!
美里、その水槽、脇にどけて。
水が減ってるから、動くでしょ。
そうそう。
そしたら、こっちに来て。
ちょーっと、力仕事よ。
畳。
そこに立てかけてあるやつ、ここに敷こう」
先生と2人で、畳を両側から持ちあげ、1枚ずつ運ぶ。
乾いた畳が床に敷き詰められ、舞台は一変した。
「ふぅ。
暑。
けっこういい運動になっちゃったね。
でも、見事に舞台転換が出来たじゃない?
今度は、超和風よ。
まさか……。
少女漫画みたいなロココ調の建物に、畳部屋があるなんて……。
お釈迦様でも、気がつくめい」
先生は片脚を畳に上げて、見得を切るようなポーズを取ってみせた。
先生のハイテンションが、手に取るようにわかった。
股縄の解かれた先生の股間では、陰毛が、油絵のように滲んで見えた。
「さ、理事長。
そんなとこに、いつまで寝てるんです?
身体が冷えちゃいますよ。
舞台に上がってください」
先生の呼びかけにも、理事長は応えなかった。
顔は、向こうをむいて倒れてる。
表情は見えない。
ひょっとして、気絶でもしたんじゃないか……。
そんな風に思えた。
「ちょっと、理事長。
狸寝入りは止めてくださいよ」
そう言いながらも先生は、理事長の顔を覗きに行った。
先生の影が、理事長の裸身に差した……。
そのときだった。
理事長が、突然跳ね起きたの。
両脚の縄は、解いてあったのよね。
ずっと転がったままだったから、理事長が起てるなんて、考えもしなかった。
先生もびっくりしたみたいで、咄嗟に飛び退いた。
起ちあがった理事長は、悪鬼のような顔をしてた。
眼尻が上がり、唇は歪んでる。
でも、綺麗だった。
上半身に縄を打たれながらも、反逆の意思を失わない姿は……。
江戸時代の女囚って感じ。
見たことないけど。
理事長は、先生を睨みつけながら、間合いを計ってるみたいだった。
猫のように背を丸め、腰を落としてる。
剥き出しの股間を、隠そうともしてなかった。
「ちきしょう!」
理事長は、声とともに床を蹴った。
身体ごと、真っ直ぐ先生に向かう。
どうやら、身体能力は、理事長の方が上だったみたい。
先生は、避けるのが精一杯。
畳に身を投げ出した。
理事長がそれを追って、畳に駆けあがる。
「はっ」
理事長の長い脚先が、先生の頭を襲う。
その蹴りを間一髪でかわすと、先生は畳を転がった。
先生は、理事長の脚元を、這うように擦り抜けると……。
さっき上がったところから、畳を飛び降りた。
その背中を、理事長が追う。
先生は、床の水たまりを駆け抜けた。
理事長が、間近に迫る。
「あっ」
理事長の身体が、一瞬ぶれたように見えた。
ブーンという、弦の唸るような音がした。
梁から伸びる縄が、一直線に張り詰めてた。
理事長は、ちょうど片脚を振り上げようとしてたとこ。
下は、水たまり。
ひとたまりもなかった。
足を滑らせた理事長は、水たまりに背中から落ちた。
鈍い音がした。
両腕を戒められた理事長は、受け身を取れない。
どうやら、頭が床を打ったようだ。
理事長の全身から、力が抜けるのがわかった。
先生は、荒い息で、静まった理事長をしばらく眺めてた。
ようやく理事長に近づくと、顔を覗きこむ。
「また、狸寝入りじゃないでしょうね?
ひょっとして、死んだふり?
まさか、ほんとに死んでませんよね」
先生は、しゃがみこむと、理事長の顔に手の平を翳した。
「大丈夫。
息してる。
あー、びっくりした。
こんなとこで死なれたら、大ごとよ。
でも、これほど馬鹿な人だとは思わなかった。
背中の縄が、梁に繋がってるのにね。
ひょっとしたら、逃げるつもりなんかなくて……。
わたしに一撃を加えたい一心だったのかも。
そう考えると、不憫な気もするけど……。
やったことの罰は、きっちり受けてもらいますからね。
しばらく、そうしてなさい」
そう言いながらも、あけみ先生は、理事長の傍らを離れようとはしなかった。
まじまじと顔を覗きこんでる。
「意志を失った人の顔って、どうしてこう美しいのかしら。
愛しくなっちゃう」
首を差し出すようにして、理事長を見つめる先生の手の先は……。
自らの股間に消えていた。
肘から先が、忙しなく動いてるのがわかった。
折り畳んだ太腿に、翳のように力が差した。
「あぅっ。
あぁぁ。
アブない、アブない。
危うくイッちゃうとこだった」
先生は、未練を振り切るように起ちあがった。
「さてと。
お互い、トイレも済ませてすっきりしたところで……。
2時間目の開始よ。
さっき言ったように……。
手動ウィンチは、2機設置されてる。
ほら、こっちの作業台。
なんで作業台を別にしたかって云うと……。
ピアノの荷重に耐えらなくて、作業台の方が引っこ抜かれる怖れがあったから。
ひとつの作業台に2台のウィンチじゃ、保たないって思ったのね。
で、こんなふうに、作業台も2つ並んでるわけ。
さて、こちらもご披露しましょうか。
じゃーん」
あけみ先生は、作業台にかかるブルーシートを剥ぎ取った。
「と言っても……。
同じウィンチなんだから、芸も無いんだけどね。
でも、こんな綺麗な機械が、2台並んだ光景って、かなり素敵じゃない?
優秀な双子って感じよね。
さてさて。
このウィンチからも、ロープが伸びて……。
天井の梁に渡ってる。
梁を越えたロープは、柱に沿って下がってる。
その下は、ブルーシートのカーテンが隠してる。
でも、そのシートに隠されたものが何か……。
転入試験を、優秀な成績でクリアした生徒のあなたなら……。
わかるわよね?」
先生はブルーシートの傍らに立ち、シートに手を掛けながら微笑んだ。
もちろん、わかってた。
双子の機械が吊り下げるものは……。
きっと同じものだって。
「ま、誰でもわかるか。
それじゃ、ご披露しましょう。
えいっ」
先生は、シートを引っ張った。
金具でも弾けたのか、床に軽やかな金属音が立った。
ブルーシートは、波が引くように消えてた。
半分わかってたとはいえ……。
息を呑んで立ち竦むしかなかった。
本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「結」 「岩城あけみ」
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。