放課後の向うがわⅡ-18


 その人は、梁を支える柱を背にしてた。
 真っ直ぐに立ってれば、十字架にかかるキリストに見えたかも知れない。
 でも、その人は、床を踏んではいなかった。
 柱の中ほどの宙に、吊り下げられてたから。
 キリストのような、腰の覆いもなく……。
 全裸で。
 しかも、直立姿勢じゃない。
 大きく開いた両腿は、斜め上を指してる。
 両膝に縄が掛かってて、上から吊られてるの。
 膝から下は、真下に降りてる。
 いわゆる、M字開脚ってやつよね。
 股間は、剥き拡げられてるんだけど……。
 性器は見えなかった。
 臍下を回る横縄から、幾本も束ねられた縦縄が下り、性器から肛門までを覆ってる。
 でも、陰毛だけは隠しようがない。
 縦縄から覗く大陰唇に、翳のような薄い陰毛が烟ってた。

 両腕は、理事長と同じく、背中で束ねられてるみたいだった。
 幾本もの縄が、乳房を上下から潰してる。
 理事長のよりも、ひと回り大振りな乳房だった。
 鎖骨のすぐ下から、膨らみが始まってる。
 だから、乳房の上に掛かる縄は、傾斜の途中を押しつぶす形で回ってる。

 そんな姿を晒しながら、その人は、身動きひとつしない。
 足先の力が抜け、爪先が床を指してぶら下がってる。
 その人が意識を持ってないことは、誰の目にも明らかだった。
 でも、肌の色は艶やかに輝き、腹部が僅かに起伏してた。
 命を保ってることも、また明らかだった。
 柱に凭れた顔では、両目が閉じられてた。
 開いた時の大きさが想像できる、長い眼尻だった。
 睫毛の半分を、黒髪が覆ってる。
 それでも、誰かはわからない。
 その人の口も、布で覆われてたから。

「誰だかわかる?」

 首を振るしかなかった。
 でも、とうてい生徒には見えなかった。
 豊かな肉付きは、成熟した大人の女性を思わせた。

「それじゃ、ご披露しましょうね」

 先生はパンプスを脱ぐと、畳にあがった。
 柱に近づく。
 先生の息が届くほど近づいても、その人の目蓋は閉じられたままだった。

「よく眠ってる。
 まだ薬が効いてるのね。
 体質かしら。
 理事長は、先に醒めちゃったのに。
 あ、でも、この姿勢もあるのかな。
 なんか、後ろから抱っこされてるみたいに見えない?
 小さいころ、こんなふうに抱っこされて、道端でおしっこしたっけな。
 安心する姿勢なのかも知れないわね。
 でもやっぱ、大人がすると、イヤらしさ満々よね」

 先生は、その人に顔を近づけると、身体のカーブに沿って鼻先を動かした。

「いい匂い。
 雌の匂いってやつね。
 牡が嗅いだら、速効でおっ起つわ」

 先生は、その人の後ろに回った。
 先生の両手が、髪の後ろで動いてる。
 すぐに、白い布地が緩んだ。
 でも、柱と頭の間に挟まってるのか、布地は落ちなかった。
 先生は、その人の横に身を移した。
 片手は、布地を握ったまま。

「それじゃ……。
 ご開帳」

 白い布地は、プラナリアのように宙を泳ぎ去った。
 その人のすべてが、電球の下に曝された。

「もうわかったでしょ?
 誰だか」

 現れた唇は、少し開いてた。
 その唇の形を、わたしは知ってた。
 授業中、ずっとそこを見てたから。
 その唇から、綺麗な英単語が、音符のように零れるのを。
 そう。
 その人はまさしく、わたしが憧れてた、英語の川上先生だった。

 川上先生は……。
 生徒に人気のある先生だった。
 授業が終わった後も、ノートを持った生徒が教卓を囲み、なかなか帰してもらえなかった。
 転入したばかりのわたしには、それを見てることしか出来なかったけど。
 だから、川上先生と直接言葉を交わしたこともない。
 でも、憧れてた。
 ていうか……。
 はっきり言って、好きだった。

 その川上先生が、目の前にいる。
 しかも、全裸で吊られて。

 わたしは、肛門を引き絞った。
 お腹が痛くなるほど動揺してた。

「可愛い先生よね。
 美里も好きなんでしょ?
 わたしも昔は、このくらい可愛かったんだけどな。
 さすがに今は、対抗できないけど。
 でも、ほんと……。
 庇護してあげたくなる雰囲気よね。
 男が放っておかないでしょうに。
 それが、なんで山の中の女子高教師なんかになったのか。
 ずっと不思議だった。
 でも、最近になってわかったのよ。
 この綺麗な顔、綺麗な身体が、女しか愛せないってことを。
 つまり、レズビアンってこと。
 女子高にレズビアン教師ってのは、笑っちゃうシチュだけど……。
 いるのよね、やっぱり。
 でもほんと……。
 ノーマルな女性でも、この顔見てたら、変な気起きるかも」

 川上先生は、両目蓋を閉じたままだった。
 眼尻は、頬を覆う髪に隠れてる。
 大きな眼だった。
 開いてるときは、いつも潤んでるように見えた。
 生徒からは、“嘆き姫”なんて呼ばれてた。
 宿題を忘れたときなんか、あの大きな瞳が悲しそうに潤むと……。
 自分が、とんでもない大罪を犯したように思えるんだって。

「でも、ほんとに素晴らしい身体。
 着痩せするタイプなのね。
 顔が小さいからかしら。
 こんなにボリュームがあったとは意外よね」

 わたしは、思わずうなずきそうになった。
 決して、太ってるわけじゃない。
 でも、女らしい脂肪が、みっちりと着いて……。
 お臍の下を渡る縄で、肉が括れてる。

「苛めたくなる身体って云うのかしら。
 縛ってるときは、マジで興奮したわ。
 男になった気分」

 あけみ先生は、両手を腰の後ろに回し、川上先生の周りを巡った。
 まるで、美術品を鑑賞するようだった。

「オブジェみたいよね。
 だけど、限りなくイヤらしいオブジェ。
 美術の授業で、これをデッサンしなさいなんて課題が出たら、どうなるかしら?
 ま、男の子なら、我慢できなくなるでしょうね。
 わたしでも、ヘンな気分になるもの。
 この身体の前に立つと……。
 わたしのクリがペニスに変わって、精子出すんじゃないかって思うほど。
 綺麗だろうなぁ。
 この身体に精子がかかったら。
 練乳みたいな白い鞭が、この肌を縦横に打つの。
 あぁ、興奮してきた」

 あけみ先生は、ゆっくりと上体を折った。
 視線の先は、川上先生の顔から胸に移った。
 あけみ先生は、身を屈めたまま、川上先生の乳房を凝視してる。
 正確に云うと、乳房の中央から突き出た、乳首ね。
 女のわたしが見ても、吸い付きたくなるような乳首だった。
 ほら、高校生くらいだと、乳房は発達しても……。
 乳首が、乳輪に陥没してるみたいな子っているでしょ。
 でも、川上先生のは違った。
 まさしく、大人の乳首って云うのかな。
 烟るような薄い乳輪の上に、トッピングみたいに、球形の乳首が載ってる。
 ベリーの実みたいだった。
 唇に含んだら、きっと丁度いい大きさよね。

 あけみ先生の口元が、その実を頬張りそうに近づいた。
 鼻翼がはためいてた。
 匂いを嗅いでるのね。
 離れてても、川上先生の身体は香ってた。
 もちろん、香水とかの匂いもあるんだろうけど……。
 その奥から、もっと濃厚な匂いが噴きあげてるようだった。
 そう。
 まるで、森の奥から、百合の香りが漂ってくるみたいに。

 あけみ先生は、夢見るように目蓋を閉じた。
 鼻翼をはためかせながら、顔が小刻みに振れ始めた。
 いつの間にか、あけみ先生の片手は、自らの股間に回ってた。
 指先が、中心を練るように動いてる。
 1本だけ立った小指が、宙に楕円を描いた。

「川上先生……。
 廊下ですれ違うときも、教員室でお話するときも……。
 いつもわたし、先生の裸を想像してましたのよ。
 このスーツの下には、どんな裸が隠されてるのかって。
 そして、その白い肌には、どんな形に縄を打ったらいいかって。
 そう。
 わたしの中で先生は、いつも裸だった。
 その裸体にわたしは、自在に縄を打つ。
 白い肌を戒める縄は、先生にとって唯一の正装。

 先生はその姿で、教室の扉の前に立つの。
 扉の向こうからは、生徒たちの笑い交わす声が聞こえてる。
 わたしは先生の後ろに立ち、花嫁の介添人のように縄を整える。
 縄の衣装は、上半身だけ。
 歩いて登場してもらいたいから。
 縄は、乳房を上下から挟み、両腕に巻き付いて後ろに回ってる。
 背中で交差する手首の縄を確かめると、わたしは教室の引き戸を開く。

 生徒の幾人かは、もう先生に気づいた。
 先生は、僅かにためらった後、敷居を跨ぐ。
 まるで、結界を踏み越すように。
 全裸の先生が教室に入ると、生徒たちの笑い声は、一瞬にして消え去る。

 この時間は、そうね。
 保健の授業。
 机や椅子は、すべて教室の後ろに押しやられ……。
 生徒たちは、リノリウムの床に散らばってる。
 保健の授業なのに、何が始まるんだろうって話してたんでしょうね。

 さてそれでは……。
 特別授業の開始よ」

 わたしに背中を押され、川上先生は教室の中に歩み出した。


 生徒たちは息を飲んで立ち竦んでる。
 先生の素足が、リノリウムの床を踏む音まで聞こえそう。
 先生が教室の中央まで進むと、近くにいた生徒は、波が引くように後ずさった。
 その顔を見回しながら、わたしは厳かに語り出す。

「さて、みなさん。
 今日の保健の時間は、特別授業を行います。
 教師を務めるのは、わたくし、岩城あけみ。
 ご存知のとおり、音楽の教師です。
 なぜ、音楽教師が保健の授業を受け持つのか……。
 それは聞かないでちょうだいね。
 諸般の事情ってのがあるのよ。

 さて、本日の授業内容は、『女体の神秘』です。
 大事な授業ですよ。
 みなさんがこれから成長し、子供を産み、そして育てていくためには……。
 まず、自らの身体のことを、よく知らなくてはなりませんから。

 わたしの授業では、教科書など使いませんよ。
 薄っぺらな二次元の情報では、大切な事柄を伝えることは不可能ですから。
 で、『女体の神秘』を語るためには……。
 実際の女体を前にしなければならない。
 もちろん、わたしが裸になってもいいんだけど……。
 それじゃ、授業がやりにくい。
 と言って、みなさんの誰かに裸になってもらうわけにもいかない。
 誰かいる?
 志願者。
 わたし、みんなの役に立つなら、モデルになりますって人。
 山下さん、あなたクラス委員よね。
 どう?
 あなた、みんなのために、それこそ一肌脱げる?
 ダメ?
 ほかの人は?
 いない……、ようね。
 ふふ。
 何も、目を逸らさなくてもいいわよ。
 ま、これは予想できたことですけど。
 でも、人のために自らを投げ出すって精神は、わが学園の校訓でもあります。
 今日の授業は、この校訓を教師が実践してみせる、という意義もあるの。
 こうしてみなさんの目の前に、裸を晒している川上先生。
 憧れてる人も、少なくないんじゃないかしら。
 その先生が、みなさんのために、こうして自ら身を投げ出してくれてるわけ。
 どう?
 これが、わが校の校訓で謳われる“愛他の心”よ」


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。