杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、
全8話の長編小説のご投稿がありました。(投稿者 蝉丸様)
本作品は毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに!
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■第1章 忌まわしき記憶
「では、もう一度始めからいきさつを話してもらおうか。」
窓もなくただ机が一つ中央に置かれただけの殺風景な小部屋で、無機質な男の声が静かに響く。
「課長、ですから、もう何度もお話しているとおりです。これ以上新しい事実は何もありません。」
課長と呼ばれた体格の良い長身の男はやれやれと呆れた顔を見せ、傍らに立つ部下に目で合図を送った。
部下は部屋から一旦姿を消すと、間もなく湯気の立つコーヒーカップを乗せたソーサーを持って現れ、それを机の上にガチャンと無造作に置いた。
「どうだい、熱いコーヒーでも飲んで少し落ち着いては。」そう言うと男はソーサーを前方に指でスーッと押し出した。
「私が納得するまで、何度でも話してもらうよ。そう、もうよいと言うまで、何度でもね。」
私の名前はSUMIRE。警視庁公安部外事第○課の捜査員。
私たちのチームは国内に潜伏するZ国のテロ組織を暴き、一網打尽にするのが任務だった。
そこで私に与えられた使命は組織に潜入し、活動拠点と武器調達ルートを探ること。
そのチームのボスが、今目の前で私に質問を繰り返し投げかける草八木課長である。
草八木の表情は一見柔和だが、私を見るその目には明らかに疑念の色が窺われる。
そうなのだ、私は疑われているのだ。
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3週間前、私は用意されたツテを利用して、ターゲットである貿易会社マサダ商事の社長秘書として首尾よく同社の中核に入り込むことができた。
社長の暗崎一郎は70歳の老人であったが、案の定あえて露出度を高めた私の服装に好奇の目を輝かせ、露骨な寵愛の態度を示してきた。
狙い通りだ。
私はさっそく社長命を語って、各部署のファイルから倉庫内に保管された書類に至るまで次々に調べ上げていった。
程なく私は社内での業務の他に、暗崎社長の私邸で身の回りの世話なども任されるようになり、社内ばかりでなく私邸での探索も容易となって情報収集は質量ともに格段に上がった。
こうして入社1週間で私は同社の表向きの顔とは異なるもう一つの顔を暴き出すことに成功した。
Z国諜報部とのコネクションは明白で、工作員の潜伏先、資金や武器の調達経路も着々と把握しつつあった。
しかし、予想以上のスムースな進展に私はつい油断し、そこに巧妙な罠があることなど考えもしなかった。
今思えば、ここ一両日、私は奴らにまんまと泳がされていたようだ。
マサダの秘書に就いて2週間経ったある日、社長の留守を見計らって私邸の書斎で秘密リストを探っていた私は、突然書斎のドアが外から施錠されたことに気づいた。
私は身の危険を察し素早く書類を元に戻すと、ドアノブに取り付いて「中にいます。開けてください!」と弱りきった声で叫んだ。
業務中うっかり閉じ込められてしまった軽率な秘書を演じる私に、ドアの外から男の声が静かに語りかけてきた。
「いったい君はそこで何をしていたのかね。私はそんな指示を出した覚えはないが。」暗崎社長の声だった。
「あ、あの、書斎のお片づけをしようと・・・・」私は咄嗟に嘘の弁解を述べたが、暗崎社長はそれを遮り言った。
「ふふふふ、もうよい。ここからはお互い本当のことを話そうじゃないか。」
シューーーーー・・・・ かすかに聞こえてくる空気音。「ガスか?」
やがて私の意識は徐々に遠のき、くらっと眩暈がしたのを最後にその後のことは記憶が残っていない。
文章 蝉丸
写真 杉浦則夫
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