先生は、鏡の角度を調節しながらわたしの脇に据えた。
姿見を離れた先生が、わたしの前に戻った。
「ほら。
どう?
すっごいヤラシイ」
鏡に映る教師と生徒。
生徒は、壁を背にしている。
白いブラウス。
そのブラウスは、短い裾まで見えてた。
裾の下から、尻たぶの窪みが覗いてる。
対する教師も、チェックのオーバーブラウス。
でも、ウェスト下で一直線に切れた裾の下には、何も着けて無い。
薄暗い電球の下……。
お尻は、皮を剥かれた桃みたいに見えた。
先生は、見つめていた鏡から、視線をわたしに戻した。
わたしは、身を固くした。
ひょっとして、さっきの続きをしてもらえるのかも……。
なんて期待も、少しあった。
「さて。
こんなことしてると、日が暮れちゃうわね。
じゃ、もう少し講義を進めましょうか。
この、素敵なスタイルでね」
先生は、わたしの前を離れて歩き出した。
ブラウスの下に実る桃が、重そうに揺れた。
「この手動ウィンチの話だったわよね」
先生は、作業台の上に載る綺麗な機械に手を置いた。
「なんでこんなものが、ここに据えられることになったのか。
この部屋の工事が、途中で放棄されたことまでは話したわよね。
理事長の気まぐれで、次々と設計変更になってるのに……。
理事長が、変更契約に応じなかった。
で、業者も怒って……。
当初の契約額では、この部屋の内装は出来ないってことになったわけ。
でも、理事長だって、意地を張ってたわけじゃ無いのよ。
早い話、無い袖は振れないってこと。
お金が無かったのよ。
内装だけなら、後からでも出来るって思ったんでしょ。
でも、残念ながら……。
未だにその時のままってわけ」
「で、ウィンチの話よね。
この部屋を残して、工事がほぼ終了するころだった。
工事中も、理事長はたびたびヨーロッパに遊びに行ってたんだけどね。
工事終了間際になって、とんでもないお土産を持って帰ったのよ。
と言っても、手で持って来たわけじゃないけどね。
持てるものじゃ無いから。
なんだと思う?
ピアノよ。
アンティークピアノ。
船便じゃなくて、航空便で送ったのね。
どうしてもそれを、理事長室に入れたいからって。
完成間際の工事現場に、それが届いた。
で……。
例によって、理事長と現場監督で、すったもんだよ。
もっと早くだったら、問題なかったの。
ほら、さっきホールから登ってきた階段があったでしょ。
あれは、最後に取り付けられたのよ。
その前までは、あのバルコニーのあった場所に、資材搬入用のリフトが付いてた。
あれだったら、アップライトピアノのひとつくらい、運び上げられたと思う。
でも、あの華奢な階段じゃ無理よ。
ちょっとバランス崩しただけで、手すりが外れて転落だもの。
もちろん現場監督は、搬入出来ませんってはっきり断った。
だけど、理事長も譲らない。
このピアノが入らなければ、この建物は完成しないって。
“画竜点睛を欠く”なんて、古風な言い回しまで使ってた。
聞いてて吹き出しそうになったわ。
こんなロココ調の建物に、“画竜点睛”も無いものよね。
って、腹で笑ってたら、なんと、お鉢がこっちに回ってきた。
わたしが、現場監督との交渉係に命じられちゃったのよ。
『あなたの任務は、このピアノを理事長室に運び入れること。
方法は、問いません。
でも、出来ませんでしたって言葉は、絶対に使わないでちょうだい』
言外に、『出来なきゃクビよ』って威圧が感じられたわ。
『辞めてやるわよ!』って言えれば、どんなに気持ちよかったかしら。
でも、出来なかった。
だって、この学園は……。
ともみさんと繋がれる、唯一の場所だったから。
ひょっとしたら、ともみさんが訪ねて来るかもしれない。
その場に、わたしがいないわけにいかないじゃない?
というわけで、交渉係の任を、ありがたく拝命したわけ」
「現場監督とは、進捗状況報告係として、すっかり顔馴染みになってた。
頭ごなしに命じられると反発するけど……。
下手から頼まれると断り切れない人だってことも、わかってたし。
それに……。
わたしに気があるってこともね。
で、それに乗じてお願いしたわけよ。
ピアノが入れられなければ、クビになりかねないって言ったら……。
ひどい話だって、顔を真っ赤にして、自分のことのように怒ってくれた。
『使われる者の辛さは、ボクもわかります。
ボクが断ったら、あなたが困るわけですよね。
わかりました。
やりましょう。
このピアノは、あなたのために運び上げます』
見事、交渉成立。
だけど、問題は方法よ。
建物の中から搬入できないのなら……。
外から入れるしか無い。
ピアノが通るほどの窓は、この理事会室にしかなかった。
ということで、この窓から入れるしかないって結論は、あっさりと出た。
だけど、そう……。
問題は方法よ。
この窓の下にクレーン車が付けられれば……。
大した問題は無いのよ。
でも、それが出来なかった。
この窓の下がどうなってるか、あなたも知ってるでしょ?
そう。
幾何学模様の整形庭園。
ベルサイユ宮殿を真似たんだってさ。
もちろん、規模は比べ物にならないけど。
で、この庭園が、先に出来ちゃってたの。
密植した生垣も、刈り込みが終わってた。
つまり、いったん引っこ抜いて、また元に戻すってことが出来ないわけ。
水糸まで張って刈り込んだエッジが、崩れちゃうものね。
というわけで、さぁ困ったよ」
「で、出た結論がこれ。
ピアノは台車に乗せて、迷路みたいな園路を通し、この窓の下まで運ぶ。
あとは、窓から引っ張りあげる。
もちろん、人力なんかじゃ無理だから……。
動力が必要。
それで……。
こいつね」
あけみ先生は、手の平を上に向け、人差し指を伸ばした。
その指の先には、キラキラと輝くリールみたいな機械。
そう、手動ウィンチ。
「でも、この機械の選定でも、ひと悶着あったのよ。
現場監督は、電動のウィンチを設置するつもりだったの。
いくつかカタログ取り寄せて、わたしにも見せてくれた。
でも、問題は、購入費ね。
もちろん、普通だったら……。
施工業者が仕入れて、納入業者に代金を支払う。
で、施工業者は、施主に請求するわけよね。
でも、変更契約にも応じない施主でしょ。
下手すりゃ、ウィンチ代、施工業者の持ち出しよ。
だから、現場監督も考えたわけね。
ウィンチは、学校さんで買ってくれと。
うちは中に立たないから、代金は納入業者に直接払ってくれって。
ピアノの搬入は、こっちで責任持って行うからって。
それを聞かされた理事長は……。
微妙な顔したわね。
あれは絶対、踏み倒すつもりだったのよ。
でも、現場監督も、この条件を譲らなかったし……。
何より、工期が迫ってた。
で、理事長も渋々、条件を呑んだわけだけど……。
『こっちで購入するからには、機械もこっちで選定させてもらうわ』
ってさ。
敵もさる者だって……。
あとから、現場監督がこぼしてた。
で、カタログを取り上げ、パラパラとページをめくって……。
選んだのが、これよ。
綺麗だからってのが、選んだ理由みたいに言ってたけど……。
わたしは、それが一番の要因とは、思わない。
手動だったからよ」
「現場監督は、ピアノの搬入は責任持って行うって言ってたからね。
口約束でも、一度言ったことは絶対守る人だってこと……。
理事長も、ちゃんとわかってたのよ。
で……。
少しでも、困らせたかったんでしょうね。
電動ウィンチで、するする上げられたら面白くないって。
それで……。
手動の機械を選んだのよ。
どう。
この機械が、ここに設置されたバカないきさつ……。
わかったでしょ。
この作業台も、そのとき造り付けられたのよ。
ドラムより大きな円を描くハンドルを回さなきゃならないから……。
床に設置するわけにいかなかったの。
この点では……。
理事長の意地悪が功を奏したって言えるかもね。
で、ピアノの搬入なんだけど……。
これが、あっけないほど上手くいったのよ。
理事長は、面白くなさそうだったけど。
この、手動ウィンチ、見た目以上に性能が良かったってこと。
巻き上げに、ほとんど力なんて要らないの。
落っことしたら、取り返しのきかないピアノだったから……。
安全を期して、2機も設置したんだけどね。
たぶん、1機で十分だったと思うわ。
ほら、上を見てご覧なさい。
鉄骨の梁に、まだ滑車がぶら下がってるでしょ。
あそこにワイヤーを渡して、窓の外のピアノを吊り上げたわけ。
ほんとに軽々と上がった。
大した機械よ」
あけみ先生は、犬の頭を撫でるように、ウィンチの肌をさすった。
「でも、それ以来……。
このウィンチが働く機会は無かった。
たった一度の晴れ舞台。
それ以後は、この薄暗い部屋で、ビニールシートを被ってたわけ。
工事完了後、この部屋は施錠されちゃったしね。
開かずの間ってこと。
この機械とは、3年ぶりの対面だったわ。
あ、わたしがこの部屋に入れるようになったいきさつは……。
後で話すわね。
さてと……」
あけみ先生は、機械を愛でるように伏せていた瞳を上げて、真っ直ぐにわたしを見た。
「ちょっと、おしゃべりが過ぎたみたいね。
モデルさんがお待ちかねだわ」
本作品のモデル「岩城あけみ」の緊縛画像作品はこちらからご購入可能です。
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。