先生は、もう一度瞳を伏せ、手首を返して時計を見た。
時計を見詰めるメタルフレームの女教師。
試験監督のようだった。
ただし、上半身だけ見れば。
なぜなら、その女教師の下半身は、剥き出しだったから。
股間には、縄が食いこんでる。
縄瘤が、肥大したクリトリスのようにも見えた。
その下で潰されてる本物のクリを想ったとき……。
わたしの股間が、堪らなく疼いた。
思わず太腿を擦り合わせる。
「どうしたの?
おしっこ?」
「い、いいえ」
「ふふ。
てことは……。
気分出ちゃってるわけね」
「……」
「そのまま、してみる?
オナニー。
見られながらって、スゴくいいわよ。
転入初日……。
あなたも、教壇に立って挨拶したでしょ。
たとえばそのとき……。
いきなりスカート下ろして、オナニー始めたら、なんて……。
考えなかった?
ない?
ま、そうよね。
転校生に、そんな余裕なんて無いわよね」
内腿を、生温い液体が伝うのがわかった。
命じてほしかった。
オナニーしなさいって。
でも先生は、笑窪だけ作って笑うと、視線を機械に戻した。
「こっち来て。
座学はこれでお終い。
ここからは、実習よ」
わたしの脚は、内腿を摺り合わせるように、勝手に歩んだ。
「ほほ。
スゴい格好ね。
そんな中学生みたいな体型して、性欲は大人並みってこと?
ま、あなたの資質は、14年前に見てるから……。
驚きはしないけど。
ほら、こっち来なさいって。
女子高に『技術』の時間は無いけど……。
今日は、特別講義ね。
手動ウィンチの操作法。
これ握って」
先生は、ドラムの片側に付いたハンドルを指さした。
ドラムの側面からは、ドラムに沿って金属のアームが伸び……。
その先に、アームとは直角に、樹脂製らしい黒い握りが付いてる。
ほんとに、巨大なリールみたいな形だった。
「そう。
両手じゃなくても大丈夫よ」
こんなもの握らせる先生の意図が、まったくわからなかった。
まさか、本当にウィンチの講義じゃあるまいし。
「回してみて。
逆。
反対方向。
そうそう。
軽いでしょ」
ハンドルは、軋むことも無く動いた。
たっぷりと油が差されたような、滑らかな手触りだった。
でも、ハンドルには、はっきりと荷重が感じられた。
回すごとに、機械がカチカチと音を立てた。
梁を渡るロープが、ぴんと張ってた。
ロープの先は、ビニールシートに隠れてる。
でもそこには、明らかに吊り荷がある。
「はい、まだよ、まだよ。
回して回して」
先生は機械の側を離れ、暗幕のように下がるシートの脇に立っていた。
先生の位置からは……。
シートの向うがわ、つまりわたしが引き上げてる吊り荷が、はっきりと見えるはず。
「もう少し」
先生は片手を頭の脇まで上げ、巻きあげスピードを指示するように、指先を回した。
下半身だけ剥き出しの姿で。
わたしは思わず、自分の股間を見下ろしてた。
真っ白な下腹部に、下向きに生えた陰毛。
性器は見えない。
そこがどうなってるかは、触らなくてもわかった。
どうしようもないほど熱かったから。
自ら熱を発し、熱い雫を零してる。
太腿を、雫が伝ってた。
触らなくてもわかってたけど……。
触りたかった。
いやらしく溶け崩れてるおまんこを、思い切り掻き回したかった。
先生の目は、吊り荷に向いてる。
片手を腰に当て、掲げたもう一方の手は、頭上で回転してる。
まるで、工事現場の監督みたい。
でも……。
その下半身は裸。
剥き出しの素っ裸なのよ。
堪らなくなって、わたしの片手が、下腹部に伸びかけた。
「ストップ!」
伸びかけた手が、火傷をしたように飛び退いた。
でも、先生の目は、わたしを見てなかった。
先生の制止は、ウィンチの巻き上げの方だったの。
気がつくと、ウィンチから梁へ渡るロープは、さっきよりも強く張ってるみたいだった。
梁から真下に下がるロープも、棒のように張り切ってる。
吊り荷の重さを感じさせた。
止めたハンドルに、心なしか重みを感じた。
「ハンドル、離しても大丈夫よ。
自動ブレーキが掛かってるから、離しても戻らないの」
わたしは、恐る恐る黒い握りから手を離した。
電球の光を返す樹脂の肌に、わたしの汗が光って見えた。
手を離しても、ハンドルは動かなかった。
「ウィンチの操作実技は、これでお終い。
簡単でしょ。
だれでも合格ね」
先生はシートの向う側から、2,3歩戻ると、シート脇に立った。
「さーて。
それじゃ、お披露目しましょうか。
あなたが吊り上げた荷物を」
先生の手が、ブルーシートに掛かった。
わたしの瞳を確かめるように見ながら……。
先生は、マジシャンの手つきでシートを引き下ろした。
ゴワゴワした音を立てて、ブルーシートが外れると……。
そこは、薄暗い舞台だった。
舞台の真ん中に、何か下がってる。
それがわたしが吊り上げた荷物だってことはわかった。
でも、それが何なのか、わたしの脳は理解できなかった。
吊り荷は、電球の光を浴びていた。
肌色だった。
一瞬、大きな肉のブロックでも下がってるのかと思った。
でも、それも一瞬。
「うわっ」
吊り荷が何なのか理解できた途端、わたしのお尻は、床まで落ちてた。
「そんなに驚いてもらえると、ほんとにやりがいがあるわ。
わが写真部、専属のモデルさんよ。
どう?
あなたが吊り上げたのよ」
ロープから下がってたのは、人だった。
それが何か、一瞬理解できなかったのは……。
その人が、逆さに下がってたから。
天地が逆の人間を、脳が咄嗟に処理出来なかったんだね。
「綺麗でしょ?」
若い女性だった。
真っ裸の。
いえ、正確に言うと、縄を纏ってた。
首の後ろから回る縄目が、胸元で網のように拡がり、乳房を戒めてる。
上下に走る縄で、乳房はひしゃげてた。
「誰だと思う?」
わからなかった。
その女性は、白い布地を噛み締めてたから。
「猿轡してちゃ、わからないか。
前説してる間に喚かれるとぶち壊しだから……。
静かにしてもらってたの。
じゃ、取ってあげましょうね」
先生は、天井から下がる女性に歩み寄り、わたしに背を見せた。
オーバーブラウスの裾は、ウェストの下で途切れてる。
丸々とした相臀が、ほしいままに見えた。
日を浴びずに実った白桃みたいだった。
「苦しかったでちゅか?」
先生は、女性の首を愛しむように抱いていた。
生首を弄んでるようだった。
女性は、イヤイヤをするように身じろいだ。
でも、先生を突き放すことは出来ない。
両腕が後ろに回ってたから。
胸元に拡がる縄が二の腕にも渡り、腕肉が括れてた。
背中の脇から、僅かに指先が覗いてる。
「今、外してあげまちゅからね」
後ろ頭に回した先生の手が、結び目を解いてる。
猿轡が引き絞られ、女性の口元が歪む。
「はい、解けました。
それじゃ……。
ご開帳」
先生は女性を隠していた背中を翻し、わたしへの視界を開いた。
片手には、白い布地が握られてた。
女性の顔が、はっきりと見えた。
でも、わからない。
逆さになった顔なんて、普段見てないからかな。
女性が声を上げた。
その声で、逆さの顔と、記憶の中の顔が、瞬時に結びついた。
全身が凍りついた。
「やっとわかったみたいね。
そう。
あなたも会ってるでしょ。
転入試験の面接で。
改めてご紹介するわ。
当学園の理事長よ」
理事長と目があった。
もちろん、何も言えない。
理事長の目も、事態を把握し切れてないみたいだった。
わたしと合わせた目線はすぐに外れ、四囲に泳いでた。
「岩城先生。
どうして?
どうして、こんなことするの?
お願いだから下ろして」
「光栄ですわ。
理事長先生にお願いされるなんて。
今までは、命令されたことしか無かったですものね」
先生は、吊り下げられた理事長の周りを、ゆっくりと巡り始めた。
出来あがった作品を検証する芸術家みたいだった。
「でも、理事長先生。
ほんとに、素晴らしいスタイルでいらっしゃいますわ。
もちろん、普段の着衣からも想像できましたけど。
必要以上にぴったりしたお召し物でしたものね。
でも、こうして裸になると……。
想像してた以上。
ほら、美里。
こっち、いらっしゃい。
間近で見てご覧なさい」
わたしのお尻は、床に落ちたままだった。
あけみ先生は、ヒール音を響かせて近づくと、わたしの腕を引っ張りあげた。
人形なら、腕が取れてた。
それほどの力だった。
先生は、起きあがったわたしの腕を引き、理事長の前に立たせた。
本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「結」 「岩城あけみ」
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
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