若菜亜衣「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。
前回は女学生の設定でお願いした、緊縛撮影は初めてでしたので表情をひきだすのに苦労した、もともと亜衣の顔立は苦悶とか妖艶さを求める顔立ちではなく素朴な可愛らしさを写しこむのがいい、たまたま前回の撮影で緊縛が本当に痛かったのか、まぶたをはらして大粒の涙を流した可憐さをもういちど撮ってみようとシーズンに合わせて卒業式の設定にした。
私たちの若い頃は卒業式の装いは矢絣にはかまとハイカットの靴というのが一般的でしたが今はずいぶんと華やかになった、それを亜衣に着せてみると可愛い顔立ちにぱっと花が咲いたようによく似合った。亜衣自身来年には本当の卒業式でこんな衣装を着て参列するのだろう。
涙とよだれと鼻水がなぜか苦悶の表情と同じように重要な表現になっている、前にも書きましたがよだれと鼻水が緊縛すきな女性の絶頂感とリンクするのが不思議だ。
私の見解ではこれは10年ほど前からおこってきたことだと不思議がっている。
さて亜衣をとりまく経済的な環境の厳しさを伝え聞いた先入観からか今回の撮影での亜衣の涙に自身のあわれさが見て取れるようになった、前回は即物的な痛みから流す涙今回はそれに心が経済的な金銭を大学の授業料をこのようにして衆目のなかで裸を晒し稼がなければならない涙、あわれに流れ落ちる涙のうちに亜衣の悲しみにふれてこの写真を観てください。
とても従順な性格で撮影現場のうけはどの現場でもとてもいいとマネージャはいう、たしかに今日も足首にひどい縄痕が残るほどに吊られているのに涙は流してもこごとは一言もきかない、休憩時間にはスタッフが「だいじょうぶ」と心配そうに問うと笑顔で可愛く「はい」と答えていた緊縛好きな女性を撮影する修羅場のような緊張もいいが亜衣のように縄にうぶな少女をいたわりの気遣いで撮影をすすめるのも楽しみのひとつだ。
若菜亜衣「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。