放課後の向うがわⅡ-17


 悲鳴とともに、擦り合わされた太腿のあわいから、水流が噴き出した。

「どこの世界に、脚閉じたままおしっこする人がいるのよ。
 脚を開けっての」

 先生が、片脚を抱え上げた。
 それを追って、もう片脚が持ちあがる。

「美里、そっちの脚抱えて。
 ほら、お腹から降りていいから」

 わたしは、すぐに言われたとおりにした。
 理事長のお腹に載ってることには、気が咎めてたから。

「いやぁぁぁぁぁ」

 両脚が開くと同時に……。
 綺麗に剃り上げられた股間から、ダムの放水口のように水流が噴き出した。
 暴れる脚を、懸命に抱き締める。

「起こすよ」

 あけみ先生が、顔を振って方向を示した。
 片手を、理事長の腰にあてがってる。

「せいのっ」

 先生の掛け声に合わせ、わたしも理事長の腰を押しあげた。
 理事長の背中が捲れ、腰が持ちあがる。
 理事長の下半身は、天井を指して起ちあがった。
 もちろん、おしっこは止まらない。
 中空に噴き出した尿は、理事長の頭を越えた。

「いやぁぁぁぁ」
「スゴいスゴい。
 公園の噴水に、こんなオブジェがあったらいいね。
 小便小僧なんかじゃなくて。
 まんぐり返しで、おしっこ噴き出す女の像」

 わたしの腕の中で、理事長の脚は、魚のように暴れた。
 懸命に抱き締めてると、次第に魚は弱っていった。
 理事長の全身から、強張りが抜けるのがわかった。

「やっと諦めたみたいね」

 理事長は、仰向いたまま泣いていた。
 頭上を叩いてた尿が、ようやく力を失い、泣き顔に降り注ぐ。
 理事長は、顔を背けて避けようとした。

「自分のおしっこじゃないの。
 ちゃんと飲みなさいよ」

 あけみ先生が、理事長の髪を掴もうとしたけど、もう間に合わなかった。
 水流は、一気に勢いを失い、理事長の胸を縫い上がった。
 名残の雫が、恥丘を濡らした。

「もう、お終い?
 なーんだ。
 つまんないの」

 先生は、理事長の脚を離し、身を起こした。
 わたしもそれにならう。
 理事長は、両脚が自由なまま床に投げ出された。
 起ちあがることも出来たはずだけど、頬を床に着けたまま泣くばかりだった。
 もっとも、背中のロープがあるから、逃げられはしないんだけどね。

「何だか魚河岸みたいね。
 床に投げ出された白イルカ。
 美里、水槽の水で、ちょっと流してくれない?
 両手入れて、ばちゃばちゃやって。
 そうそう。
 こっちまで届く?
 白イルカさん、おしっこまみれだから。
 無理そうね。
 あ、ホースがあるんだった」

 先生は、シンクに向かうと蛇口を捻った。
 床のホースが踊り出す。

「部屋の中で水撒きするなんて、初めて」

 ホースを拾った先生は、水の出口を指で絞ると、天井に向けた。
 電球の明かりを受けて広がる水は、蜻蛉の翅みたいに虹色に輝いた。

「理事長。
 雨漏り、大丈夫かしら?
 この下の部屋って、なんだっけ?
 ま、このぐらいにしておこうか。
 水漏れ騒ぎになったら面倒だから」

 先生は身を翻すと、シンクに消えた。
 ホースは命を失い、床に静まった。
 戻った先生は、腰に手を当てて床を見回した。

「スゴいことになっちゃったわね。
 これからが本舞台なのに。
 どうするかな?
 あ、そうだ!
 美里、その水槽、脇にどけて。
 水が減ってるから、動くでしょ。
 そうそう。
 そしたら、こっちに来て。
 ちょーっと、力仕事よ。
 畳。
 そこに立てかけてあるやつ、ここに敷こう」

 先生と2人で、畳を両側から持ちあげ、1枚ずつ運ぶ。
 乾いた畳が床に敷き詰められ、舞台は一変した。

「ふぅ。
 暑。
 けっこういい運動になっちゃったね。
 でも、見事に舞台転換が出来たじゃない?
 今度は、超和風よ。
 まさか……。
 少女漫画みたいなロココ調の建物に、畳部屋があるなんて……。
 お釈迦様でも、気がつくめい」

 先生は片脚を畳に上げて、見得を切るようなポーズを取ってみせた。
 先生のハイテンションが、手に取るようにわかった。
 股縄の解かれた先生の股間では、陰毛が、油絵のように滲んで見えた。

「さ、理事長。
 そんなとこに、いつまで寝てるんです?
 身体が冷えちゃいますよ。
 舞台に上がってください」

 先生の呼びかけにも、理事長は応えなかった。
 顔は、向こうをむいて倒れてる。
 表情は見えない。
 ひょっとして、気絶でもしたんじゃないか……。
 そんな風に思えた。

「ちょっと、理事長。
 狸寝入りは止めてくださいよ」

 そう言いながらも先生は、理事長の顔を覗きに行った。
 先生の影が、理事長の裸身に差した……。
 そのときだった。
 理事長が、突然跳ね起きたの。
 両脚の縄は、解いてあったのよね。
 ずっと転がったままだったから、理事長が起てるなんて、考えもしなかった。
 先生もびっくりしたみたいで、咄嗟に飛び退いた。
 起ちあがった理事長は、悪鬼のような顔をしてた。
 眼尻が上がり、唇は歪んでる。
 でも、綺麗だった。
 上半身に縄を打たれながらも、反逆の意思を失わない姿は……。
 江戸時代の女囚って感じ。
 見たことないけど。
 理事長は、先生を睨みつけながら、間合いを計ってるみたいだった。
 猫のように背を丸め、腰を落としてる。
 剥き出しの股間を、隠そうともしてなかった。

「ちきしょう!」

 理事長は、声とともに床を蹴った。
 身体ごと、真っ直ぐ先生に向かう。
 どうやら、身体能力は、理事長の方が上だったみたい。
 先生は、避けるのが精一杯。
 畳に身を投げ出した。
 理事長がそれを追って、畳に駆けあがる。

「はっ」

 理事長の長い脚先が、先生の頭を襲う。
 その蹴りを間一髪でかわすと、先生は畳を転がった。
 先生は、理事長の脚元を、這うように擦り抜けると……。
 さっき上がったところから、畳を飛び降りた。
 その背中を、理事長が追う。
 先生は、床の水たまりを駆け抜けた。
 理事長が、間近に迫る。

「あっ」

 理事長の身体が、一瞬ぶれたように見えた。
 ブーンという、弦の唸るような音がした。
 梁から伸びる縄が、一直線に張り詰めてた。
 理事長は、ちょうど片脚を振り上げようとしてたとこ。
 下は、水たまり。
 ひとたまりもなかった。
 足を滑らせた理事長は、水たまりに背中から落ちた。
 鈍い音がした。
 両腕を戒められた理事長は、受け身を取れない。
 どうやら、頭が床を打ったようだ。
 理事長の全身から、力が抜けるのがわかった。
 先生は、荒い息で、静まった理事長をしばらく眺めてた。
 ようやく理事長に近づくと、顔を覗きこむ。

「また、狸寝入りじゃないでしょうね?
 ひょっとして、死んだふり?
 まさか、ほんとに死んでませんよね」

 先生は、しゃがみこむと、理事長の顔に手の平を翳した。

「大丈夫。
 息してる。
 あー、びっくりした。
 こんなとこで死なれたら、大ごとよ。
 でも、これほど馬鹿な人だとは思わなかった。
 背中の縄が、梁に繋がってるのにね。
 ひょっとしたら、逃げるつもりなんかなくて……。
 わたしに一撃を加えたい一心だったのかも。
 そう考えると、不憫な気もするけど……。
 やったことの罰は、きっちり受けてもらいますからね。
 しばらく、そうしてなさい」

 そう言いながらも、あけみ先生は、理事長の傍らを離れようとはしなかった。
 まじまじと顔を覗きこんでる。

「意志を失った人の顔って、どうしてこう美しいのかしら。
 愛しくなっちゃう」

 首を差し出すようにして、理事長を見つめる先生の手の先は……。
 自らの股間に消えていた。
 肘から先が、忙しなく動いてるのがわかった。
 折り畳んだ太腿に、翳のように力が差した。

「あぅっ。
 あぁぁ。
 アブない、アブない。
 危うくイッちゃうとこだった」

 先生は、未練を振り切るように起ちあがった。

「さてと。
 お互い、トイレも済ませてすっきりしたところで……。
 2時間目の開始よ。
 さっき言ったように……。
 手動ウィンチは、2機設置されてる。
 ほら、こっちの作業台。
 なんで作業台を別にしたかって云うと……。
 ピアノの荷重に耐えらなくて、作業台の方が引っこ抜かれる怖れがあったから。
 ひとつの作業台に2台のウィンチじゃ、保たないって思ったのね。
 で、こんなふうに、作業台も2つ並んでるわけ。
 さて、こちらもご披露しましょうか。
 じゃーん」

 あけみ先生は、作業台にかかるブルーシートを剥ぎ取った。

「と言っても……。
 同じウィンチなんだから、芸も無いんだけどね。
 でも、こんな綺麗な機械が、2台並んだ光景って、かなり素敵じゃない?
 優秀な双子って感じよね。
 さてさて。
 このウィンチからも、ロープが伸びて……。
 天井の梁に渡ってる。
 梁を越えたロープは、柱に沿って下がってる。
 その下は、ブルーシートのカーテンが隠してる。
 でも、そのシートに隠されたものが何か……。
 転入試験を、優秀な成績でクリアした生徒のあなたなら……。
 わかるわよね?」

 先生はブルーシートの傍らに立ち、シートに手を掛けながら微笑んだ。
 もちろん、わかってた。
 双子の機械が吊り下げるものは……。
 きっと同じものだって。

「ま、誰でもわかるか。
 それじゃ、ご披露しましょう。
 えいっ」

 先生は、シートを引っ張った。
 金具でも弾けたのか、床に軽やかな金属音が立った。
 ブルーシートは、波が引くように消えてた。
 半分わかってたとはいえ……。
 息を呑んで立ち竦むしかなかった。


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。