撮影開始前のモデルとのやり取りの中で
須永佐和子 Vol03
杉浦)「無」の感覚。。。かなりの差があるかもしれないがその感覚をさがしてみました。
今日寝不足で新宿へ出かけました、疲れて地下鉄のホームのベンチで休みました、体をベンチに小さく丸めていますとなぜかホームレスになったような気持ちに入り込みました、なんだか俺の丸まった体は大きな透明の風船のようなものの中にあり、あったかで半眠の仮死状態のようで母体の中の嬰児のような安らぎであった、全ての騒音は膜をへだてた向こうにあり、通行人の高い足音もおぼさんのおしゃべりも、電車の音もみんなよく聞こえます、だが全ての出来事は膜の向こうで起こることです。
須永)こんばんは。
先生の感じた、嬰児のような感覚、私もよく感じます。
外部の音が膜の向こうから聞こえてくるかんじですね。そんな時は自分の心臓の音が体中響いて、うるさく感じてしまうのです。
縛られている時も心音が邪魔する時があります。
「無」を伝えるのは難しいですね・・・
もう少し自分なりに考えてみます。
いろいろ考えていると、縛られたくなりますね。
〜続く〜