放課後の向うがわⅡ-48

 美里は、テーブルの新聞を持ち上げた。
 紙面の幅いっぱいに書かれた『なでしこ 銀』の文字。
 美里の掲げる古い写真に、同じ新聞が写っていると言う。
 いったい、どういうことなのか。

「この写真を撮ったころだって……。
 もちろん、『なでしこ』が、女子サッカー日本代表の愛称だってことくらい知ってたわ。
 でも、『銀』って、いったいどういうことだろう?
 だって、あのころの女子代表は、そんなに強くなかったもの。
 だけど、去年のワールドカップには、びっくりした。
 まさか、あんなに強くなってたとはね。
 あれよあれよという間に勝ちあがって……。
 なんと、決勝まで残った。
 テレビや新聞では、初めての快挙だって熱狂してた。
 それで確信したのよ。
 あの鏡に映ってた新聞は、未来のものだったんだって。

 でも、去年のわたしは、まだ高3で……。
 転校先のあの高校にいたでしょ。
 この写真に写ってるものには、何ひとつ見覚えが無かった。
 どうすることも出来ないまま……。
 ワールドカップ決勝を見てた。
 結果……。
 見事、アメリカを下し、世界一になった。
 『銀』じゃなかったのね。
 よく考えれば……。
 ワールドカップって、あんまり『金銀銅』とか言わないもんね。
 ということは……。
 この新聞に書かれてる記事は、オリンピックのものじゃないのか?
 もちろん、いつのオリンピックか判らないけど」

 美里は、ティーカップを口元で傾けた。
 小さな喉仏が、別の生き物のように動いた。

「で……。
 この春、大学に入学して、東京に出てきた。
 そして思いがけず、美弥子さんと再開できた。
 わたしがあの高校に転校したのは、1年の秋だから……。
 2年半ぶりの再開よね。
 美弥子さんは、驚くほど大人びて見えた。
 もちろん、高1のときだって、抜きん出て綺麗だったけど……。
 大学生になった美弥子さんには、気圧されるほどのオーラを感じたわ。
 会った途端、虜になった。
 気がついたら、跡をつけてた。
 で、このマンションに上げてもらったのよね。
 もちろんその時は、この写真のことなんて忘れてたわ。
 でも、このベランダと、白いテーブルセットを見た瞬間……。
 稲妻に撃たれた」

「写真に写ってたのは、ここだったんだ。
 ということは……。
 あの写真の『銀』は、ロンドンオリンピックである可能性が高いと思った。

 そして、オリンピック。
 『なでしこ』は、予選リーグ、そして決勝トーナメントを、順当に勝ちあがって行った。
 ついに決勝。
 相手は、去年のワールドカップと同じ、アメリカ。
 一睡もしないまま、午前3時45分の試合開始を待った。
 そして、ホイッスルが鳴った。
 おそらくこの日……。
 日本中で、一番アメリカを応援してたのは、わたしだったと思う。
 手に汗を握るってのが、大げさじゃなく、ほんとのことだって初めてわかった。
 そしてようやく、試合が終わった。
 『なでしこ』の『銀』が確定したのよ。

 すぐにこのマンションに来たかったんだけど……。
 号外が出るまで待たなきゃならない。
 美弥子さんが早朝の街に出て、号外をもらって来るとは思えなかったから。
 それなら、この号外は、わたしが持ちこまなきゃならないじゃないの。

 ジリジリする思いで、時間の経つのを待った。
 でも、どうしても待ちきれず、外に出た。
 駅前まで行っても、号外が配られてる様子は無かった。
 配られるまで待っていようかとも思ったけど……。
 気持ちが急いて、1ヶ所に留まっていられなかった。
 そのまま電車に乗り、このマンションの最寄り駅で降りた。
 駅前のロータリーに出ると、小さな人だかりが出来てた。
 その輪を抜けて来る人の手に、新聞が握られてる。
 わたしは駆け寄った。
 そして……。
 この新聞を手にしたの。
 同じだった。
 『なでしこ 銀』。
 活字が、一面の幅いっぱいに踊ってる。
 新聞を抱きしめながら、このマンションに向かったわ」

 美里は、そう言うと、カップを置いた。
 眼の前に掲げた写真から上げた目を、ベランダの外に向けている。
 日差しに細めた目に、空が映って見えた。

「そろそろいいわね。
 写真の中の空と、おんなじ色になってきた。
 ここまで言えば、もうわかってるわよね。
 そう。
 3年前のあの日、鏡の向うから現れたのは……。
 ともみさんじゃなかった。
 美弥子さん。
 あなただったのよ。
 でも、美弥子さんが率先して行ってくれるなんて、とても思えなかった。
 ならば、わたしがプロデュースするしか無いじゃない?」

「オリンピックで、『なでしこ』が『銀』を取ったこの日……。
 もし、美弥子さんが、あの部屋に現れなかったら、どうなるのか?
 それは、わたしにもわからない。
 たぶん、誰にも。
 でも、それを試すのは、あまりにも怖い。
 あの日、確かに美弥子さんは、鏡の向うから来たのよ。
 そして……。
 ま、あれから起こった出来事については、また別の日に話してあげる。
 今日はもう、時間が無いから。
 さ、いい子にして行ってきてね。
 あの日を完結させるために。
 さもないと、あの日の4人は……。
 永遠に、あの理事会室に閉じこめられてしまう。
 もちろん、根拠は無いけど。
 そんな気がするの。

 さて、おしゃべりが過ぎたわ。
 大丈夫。
 準備は、すべて出来てる。
 美弥子さんが眠ってる間にね。
 寒くない?
 陽が射してきてるから、平気よね。
 裸でも。
 ふふ。
 起こさないように脱がすの、大変だったんだから。
 でも、ほんとに綺麗なおっぱい。
 白いテーブルと、裸の上半身。
 まさしく、この写真とおんなじ。
 それから……。
 これ」

 美里は、椅子の上で身を捻り、背もたれの後ろを指さした。
 そこには、縦長の大きな鏡が据えてあった。

「リビングから持ってきたのよ。
 大きさといい、形といい、あの理事会室にあった姿見と、瓜二つ。
 見た瞬間、ぜったいこれだと思った。
 美弥子さんは、この鏡を通って、向こうの鏡から出たのよ。
 そう、きっともうすぐ……。
 この鏡には、薄暗い理事会室が写るわ。
 どう?
 気分出て来た?
 まだ行く気にならない?
 ふふ。
 やっぱりこれが必要ね」

 そう言って美里は、自分のお腹の下を覗きこんだ。
 テーブルに隠れて見えないが、美里の太腿には、何かが載ってるようだ。

「わかるでしょ?
 これは、寝室にあった。
 探すまでも無かった。
 ベッドの上に投げ出してあったんだから。
 ふふ。
 夕べも使ったでしょ?」

 美里は、両手で捧げ持つように、それを持ち上げた。
 テーブルの縁を越え、思ったとおりの物が現れた。

「そう。
 あの日の美弥子さんは……。
 股間から、男性のシンボルを突きあげてた。
 あの日は、呪術から生まれた怪物みたいに見えて、ただただ怖ろしかったけど……。
 今は、あの日の化け物の正体がわかってる。
 もちろん、この双頭ディルドゥの存在を知ったから。
 でも、見れば見るほど、グロテスクよね」

 双頭と云っても、直線の両端に亀頭を有する形状ではない。
 そのディルドゥは、クワガタの顎のような形をしていた。
 いや、正確に言えば、馬蹄形だが……。
 もっとも近い形は、布団挟みだろう。
 ベランダに布団を干す時、布団が風で飛ばされないよう、上から挟む器具だ。
 その布団挟みと同じく、ディルドゥは、基部を一つにしていた。
 根元は、樹木に出来る肉瘤のように盛りあがっている。
 むろんそれは、陰嚢を模した意匠だろう。
 そしてその瘤から、2本の男根が生えているのだ。
 1箇所から生えた男根は、互いに背きながら反りあがっている。
 しかし先端部では、亀頭が再び接していた。
 クワガタの顎が閉じた形だった。
 美里は、反り返る男根を、それぞれの手で握った。
 そのまま、眼前に掲げる。
 閉じた大顎の中に、美里の顔がすっぽりと収まって見えた。
 美里の口角が上がった。

 カン。

 バネ音が響いた。
 2つの亀頭が、わずかに離れた。

 カンカンカン。

 美里の両腕に引き離され、クワガタの大顎が開いた。

 このディルドゥは、高校時代、1人の女教師から受け継いだものだった。
 形見と言ってもいいだろう。
 もちろん、正式に渡されたものではない。
 美弥子が、遺品の中から黙って持ち出したものだった。
 誰かの手に渡ることが、忍びなかった。
 なぜならこのディルドゥに、美弥子はバージンを捧げたのだから。
 その後も、幾度となく犯された。
 このディルドゥを装着した女教師に。
 ディルドゥの肉色には、高校時代の愛憎が染みついているのだ。

「さて、これを着ければ、準備完了よ。
 いったい、どんな魔法が起きるのか……。
 じっくり拝見させてもらうわ」

 美里は、ディルドゥをテーブルに横たえた。
 白いテーブルに載せられた赤黒いディルドゥは、今にも起きあがりそうに見えた。
 美里は、後ろに引いた椅子を持ちあげると、離れた位置に置き直した。
 美弥子の前から障害物が消え、鏡までの視界が開けた。

「それでは……」

 美里は、再びディルドゥを取りあげた。

「あんまり焦らして、薬の効き目が切れたら大変。
 動けないうちに、仕上げなくちゃ」

 美里は、ディルドゥを抱えたまま、口角を上げた。
 そして……。
 消えた。
 目の前から。
 いや、身を屈めたのだ。
 くぐもった笑い声が、テーブル下から聞こえてきた。

「あの写真に、わたしは写ってなかった。
 離れて見てたのかなとも思ったけど……。
 違うわ。
 あの写真のわたしは、テーブルの下にいたのよ。
 そう。
 美弥子さんに、このディルドゥを装着させるために」

 カンカンカン。

 バネ音が響いた。

「ほら、もっと股を広げて。
 腰を前に。
 引っ張るわよ。
 よいしょ。
 ふふ。
 相変わらず、大きいクリ。
 ちょっと……。
 起ってるわよ。
 行く気満々じゃないの。
 あ、薬が切れかけてるのかな?
 それじゃ、急がなきゃ」

 ここで声が途切れ、間があった。

「ふぅ。
 太っとい。
 わたしのフェラで濡らしてあげたからね。
 痛くないわよ。
 それじゃ……」
「あぅぅ」

 陰唇に、巨大な異物を感じた。
 襞を左右に分けながら、異物がめりこんで来る。

「あぐぐ」
「それじゃ……。
 いってらっしゃい。
 美弥子さん。
 あの……。
 放課後の……。
 向こうがわへ」
「がっ」

 巨大な肉棒が、胎内に貫入した。
 テーブルの向こうで、鏡面が揺れていた。
 揺らめく鏡の面に……。
 黄色い明かりの灯る室内が、ゆっくりと浮かびあがって来た。




本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


放課後の向うがわⅡ-47

「あぁ。
 最高……。
 撮って。
 ミサ、撮って。
 立ちオナする変態女を。
 そう。
 あぁ。
 フラッシュ浴びると、身体が燃えるわ」

 あけみ先生のブラウスが、細かく震え出した。
 指先は、すでに佳境を奏でてるに違いなかった。

「撮って」

 無音の花火のように、フラッシュの光が広がる。

「あひぃ。
 イ、イキそう。
 ミサ?
 わたしって、イヤらしい?
 イヤらしい?
 言って!
 変態って。
 言うのよ!
 変態女って」
「変態」
「もっと!」
「変態!
 あけみ先生の変態!」
「ひぃぃぃぃぃ」

 あけみ先生の腕が、フラメンコギターのクライマックスを掻き鳴らし始めた。

 その時だった。
 シャッターを切ろうとしたわたしの指が、止まった。
 ファインダーの視界の中に、違和感を感じた。
 姿見だった。
 あけみ先生が、女王さまから身を隠すときに使ったという、大きな姿見。
 それが、画角の隅に入ってた。
 さっきまでは、暗い室内を映してたはずの鏡。
 その鏡面が、色を発してる。
 それは、鏡と云うより、縦長の窓に見えた。
 窓の向こうは、昼間。
 でも、何が映ってるのか、はっきりとしない。
 鏡面が、さざ波のように揺れてる。
 石を投げられた池のようだった。
 いったい、どうしたんだろう。

 いまさら気づいて、顔の前からカメラを外した。
 鏡が、理事会室を映してないのは明らかだった。
 鏡面を渡るさざ波が、次第に間遠になっていく。
 矩形の端に見える青は、紛れもなく空だった。
 手前には、白いテーブル。
 そして、テーブルの向こうには……。
 テーブルとは異質の白。
 柔らかい乳白色。
 そう。
 人の上半身。
 明らかに女性だった。
 なぜなら、衣類を着けてなかったから。
 2つの乳房が、焦点を結んでた。
 でも、顔は見えない。
 鏡面は、女性の首までで切れてたから。

「ミサ!
 フラッシュちょうだい!
 早く!」

 わたしは、慌ててカメラを構えた。
 シャッターを切る。
 もちろん、画角に鏡は収めてある。

「熱い……。
 背中が熱い。
 光の精液を浴びたみたい。
 そう。
 わたしのブラウスの背中には……。
 べっとりと精液が貼りついてる。
 ブラウスの裾から垂れた精液が……。
 お尻を伝う。
 ぬめぬめと光りながら、尻の割れ目に潜りこみ……。
 肛門を濡らす。
 そして、会陰を回りこんで、おまんこに入るの。
 あぁ。
 ほら、クリを弄るわたしの指にまで、這いあがってきた。
 あぅぅ。
 この格好で、街の中に出たい。
 精液を、尻たぶからツララのようにぶら下げて、人混みを歩くの。
 わたしを見た男は、ことごとくちんぽを出すわ。
 もちろん、わたしに向かって擦りたてる。
 怒張した亀頭が、わたしを取り囲む。
 射出口が、鈴穴みたいに膨らみ……。
 男たちは、一斉に爆ぜる。
 白濁した精液が、鞭のようにわたしを叩く。
 もちろん、顔面にも。
 栗の花の礫を浴びたよう。
 わたしは、肺の奥まで匂いを吸いこむ。
 それでも、精液の祝福は止まない。
 仰向いた顔に、ブーケのように降り注ぐ。
 全身を包みながら……。
 精液は精液に重なり、厚みを増しながら流れていく。
 わたしは、1本の鑞涙となり……。
 その場に溶け崩れていく。
 あぁ……。
 イク。
 イ、イクから……。
 撮って。
 イク瞬間を……。
 撮って」

 あけみ先生の腰が、ガクガクと前後に振れ始めた。
 尻たぶが絞られてる。
 わたしは、シャッターに指を掛けた。
 でも、その指先が凍りついた。
 ファインダーの中で、鏡面の景色が変わってた。
 さっきまで、テーブルの向こうに座ってた人物が……。
 テーブルの前に立ってた。
 上半身は、鏡面を外れて見えない。
 でも、肌の色合いから、さっきの女性に違いないはず。
 でも……。
 その女性の股間からは、男根が起ちあがってた。
 男根は、女性の臍を隠し、天を向いて突きあがってる。
 それでも“女性”と言うわけは、その男根が、明らかに人造物とわかったから。
 毒を吐く虫のように、ヌメヌメと赤黒い光沢を纏ってた。

「ミ、ミサ……。
 何してるの。
 早く……。
 早くフラッシュをちょうだい」

 女性の指が、画角の上から降りてきた。
 男根に絡みつく。
 真っ白い指と、赤黒い男根。
 それはすでに交合だった。
 女性の二の腕に力が籠るのがわかった。
 同時に、男根が押し倒された。

「ひ」

 わたしは、カメラを取り落としそうになった。
 水平まで仰角を下げた男根の先……。
 怒張した亀頭が、鏡面から突き出てたの。
 わたしは、カメラを抱きしめたまま後退った。

「ミサ!
 ミサってば!」

 男根に続き……。
 鏡面からは、白い足が抜き出て来た。
 塑像のように美しい片脚が、ゆっくりと膝を曲げ……。
 理事会室の床を踏み締めようとしてた。
 そうか……。
 この鏡が入口だったのか。

「美弥子さん……」

「美弥子さん。
 大丈夫?
 ちょっと入れすぎちゃったかな?」

 視界の中央で、人形(ひとがた)が、ゆっくりと焦点を結んだ。
 美里だった。
 目の前には、白いテーブル。
 風を感じた。
 そうだった。
 ここは、マンションのベランダだ。
 ようやく思い出した。
 美里の話を聞きながら、ここでお茶を飲んでいたのだ。
 でも……。
 どうしてこんなに、身体が重いのか。
 空気が、綿飴のように感じられる。

「良かった。
 どうやら、大丈夫そうね。
 いかがでした?
 わたしの入れた特製紅茶。
 眠り薬入り」

 2杯めの紅茶は、リビングから場所を移し、ベランダで楽しむことになった。
 美弥子が、カップを運んでる間……。
 美里がキッチンで、新しい紅茶を入れていたのだ。
 眠り薬とは、いったいどういうことだろう。
 そして、この身体の重さは……。

「ふふ。
 やっぱりそうだ。
 さっきまで、あんなに曇ってたのに。
 ほら、雲が切れて青空が見えてきた」

 美弥子も、片頬に陽光を感じた。
 でも、頸が自由に動かない。

「さてと。
 事情を説明しなきゃならないわね。
 その前に……。
 これ、おみやげ」

 そう言って、美里がテーブルに置いたのは、真新しい新聞だった。
 美弥子の取ってる新聞社のものではなかった。
 朝刊としては薄く、2つに折られた一面の上部一杯に、大きな活字が踊ってる。
 これは……。
 街頭で配られる、号外ではないだろうか?

「ふふ。
 わからない?
 ま、仕方ないわ。
 大丈夫。
 睡眠薬のせいじゃないわよ。
 こんな話、わからなくたって当たり前。
 わたしだって、まだ半信半疑なんだから。
 でも、確かめてみる価値はあると思った」

「いえ。
 確かめるだけじゃダメ。
 実行しなきゃならない。
 実行しなければ、わたしはいったいどうなるのか……。
 判らない。
 だけど、怖かった。
 自分が消えてしまいそうで。
 ふふ。
 ますます判らないわよね。
 じゃ、話を急ぎましょう。
 空も晴れてきたことだし」

 美里は、チュニックの胸ポケットから、矩形のカードを取り出した。
 いや。
 カードではない。
 写真だ。
 大振りなポケットから現れたのは、少し大きめな写真プリントだった。
 美里は、それを美弥子の前に翳した。

「女性が3人写ってるでしょ。
 1人は、畳に仰向け。
 もう1人は、宙吊り。
 2人とも、裸に縄だけを纏ってる。
 3人めは、後ろ姿ね。
 上半身は、オーバーブラウスに包まれてるけど……。
 下半身は剥き出し。
 両脚を“く”の字に開き、縄に打たれた2人の前に立ってる。
 どう?
 わたしの話が、嘘じゃないってわかったでしょ。
 そう。
 この写真は、わたしが撮ったものなの。
 あの理事会室でね。
 でも、ほんとに見て欲しいのは、ここよ。
 見える?
 小ちゃいからね。
 縦長の大きな姿見が写ってるでしょ。
 これこれ。
 どう?
 おかしいでしょ?
 鏡なのに、部屋の中を写してない。
 窓に板を打ちつけられた部屋なのに……。
 ほら、青空が写ってる。
 そして、白いテーブル。
 その上には……。
 新聞。
 もちろん、紙面の文字は読めないけど……。
 見出しだけは読める。
 だって、こんなに大きい活字なんだもんね。
 読めるでしょ?
 『なでしこ 銀』って。
 今朝の試合、見た?
 はは。
 見てないわよね。
 美弥子さんの口から、サッカーの話なんて、聞いたことないもの。
 でも、わたしは見てた。
 これ以上ないほど真剣に。
 ちっとも眠くなかった。
 試合が終わってから、一睡もしてないんだけど……。
 今も、ぜんぜん眠くないわ。
 もうわかったでしょ?
 そうよ。
 この写真は、3年……。
 いえ2年半前に撮られたもの。
 でも、この中に写ってる新聞は……。
 間違いなく、これよ」


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


放課後の向うがわⅡ-46

 理事長の背中が浮きあがった。

「あら。
 手伝ってくれるの。
 この、最後のクリップ、わたしがどこに付けたいか、わかってくださってるみたいね。
 そうよ。
 この鎖は、川上先生と理事長を繋ぐ、架け橋。
 それでは、繋いであげましょうね。
 目の前にぶら下がってる、ここに!
 えい」
「あぎゃぁぁぁぁあ。
 痛い痛い痛いぃぃ」

 川上先生が、悲鳴を噴きあげた。
 わたしは、思わずカメラを抱きしめた。
 カメラの固い肌で、腕に跡が残るほどだったと思う。
 でも、視線は川上先生から逸らせなかった。
 クリップは、川上先生の股間に食いついてた。
 川上先生の痛がりようからすれば、陰毛を挟んでるわけじゃない。
 だとすれば……。

「ほんとに痛い?
 ちゃんと痛覚はあるのね。
 ほら、そんなに暴れると、伸びちゃいますよ。
 あんまりビラビラになっちゃ、彼氏に嫌われちゃうわ」
「痛い。
 ほんとに痛いぃ。
 岩城先生、外して!
 お願い!」
「痛いからやってるんじゃありませんか。
 ほら、そんなに動くと、舌を吊られてる理事長が苦しいでしょ」

 川上先生は、連獅子のように髪を打ち振りながらも、懸命に上体を折り曲げた。
 理事長の舌に、テンションを掛けないための努力だろう。
 しかし、宙吊りで身体を傾けたせいか、逆に下半身が大きく揺らいだ。
 クリップに挟まれた陰唇が、ゴムみたいに伸びるのが、はっきりと見えた。
 チェーンの対岸では、理事長の乳首が、無慈悲に引き伸ばされた。
 2人の顔は、苦しげに歪んだ。
 でもわたしには……。
 縄に括られ、チェーンで繋がれた2つの肉体が、この上もなく美しく見えた。
 すべてを脱ぎ捨て、性器を剥き出した古代の女神。
 わたしは、思わずカメラを構えてた。

「あら、美里。
 写真部員らしくなったじゃない。
 そうよね。
 ここは撮りどこよね」
「くぅ」
「あ。
 待って。
 この女、バイブ吐き出した。
 すっげー膣圧。
 突っこみなおそうか?
 ……。
 やっぱ、いいや。
 この方が、丸見えだもんね。
 これで、まんこから精液零れてたら、最高なんだけど。
 ま、そこまでは無理ね。
 じゃ、撮って」

 あけみ先生は後ずさり、構図の外に消えた。
 画角の中央に、肉のオブジェを収める。
 汗ばんだ両脇を締め、シャッターを切る。
 ミクロコスモスの爆発みたいに、フラッシュが光った。
 吐き出されたフィルムを手に取り、画像が浮かび上がるのを待つ。
 あけみ先生が、脇に寄ってきた。

「出てきた出てきた。
 うん。
 いいよ。
 入部試験、合格」

 あけみ先生は、フィルムを翻し、わたしの眼前に掲げた。

「モデルさんにも見せてあげましょう」

 先生は舞台中央に戻ると、2人の顔の前に、フィルムを翳した。
 2人は目を逸らし、見ようとしなかった。

「ちゃんと見なさいって。
 自分がどんな姿してるか。
 スゴい格好よ。
 楽しみだわ。
 明日朝、一番に来て、これを掲示板に貼り出してあげるわね。
 生徒たち、大騒ぎよ」
「止めて。
 それだけは、止めて」

 川上先生は、上体を伏せたまま、懸命に顔を上げて訴えた。

「それなら……。
 ともみさんを、ここに呼んで。
 あなたたちがお姉さまと慕う、あの人よ。
 2人でいるときなら、来てくれるんでしょ?」
「呼べば来てくださるわけじゃないんです。
 あの方は、み心のままに現れるの」
「はは。
 まるでマリアさまじゃない。
 全裸で交合する、2人のベルナデッタの前に……。
 蝋燭を持った、無慈悲なマリアさまが現れる。
 悪くないわ、この脚本。
 わたしに撮らせてもらえないかしら?
 大冒涜ドラマ。
 ほら、早く呼んで」
「だから……」

「早く呼ばないと……。
 理事長が、苦しみますわよ」

 あけみ先生は、理事長の肩に足裏を置き、前後に揺さぶった。

「はが。
 はがが」

 理事長の舌が、カエルのように引き伸ばされる。

「ほら、痛いって」
「止めて!
 止めてぇ。
 呼びます。
 呼びますから。
 お姉さま!
 お姉さま、助けて!」
「まぁ、呆れた。
 ほんとに呼んだわ。
 恥ずかしくないのかしら。
 ウルトラマンでも呼んでるつもり?
 子供じゃあるまいし。
 美里、ボーっとしてないで、もっと撮って。
 おんなじとこに突っ立ってちゃダメよ。
 写真は、フットワーク。
 脚を使って動き回る。
 いろんな角度から撮るの。
 そう……。
 やっぱ、理事長の下手から舐めあげるショットがいいわね。
 足元に回って。
 行き過ぎ!
 そこまで回ったら、川上先生が半身になっちゃう。
 少し戻る。
 そう。
 ツルツルまんこ、しっかり入れてね」

 わたしは、夢中でシャッターを切った。
 フラッシュが光る。
 ファインダーの向こうの世界が、カメラに吸いこまれる。
 全能感に似た高揚を感じた。
 出てきたフィルムを、電球の明かりに翳す。
 わたしの切り取った世界が、ゆっくりと浮かびあがる。

「ふふ。
 楽しそうじゃない。
 適性があるかもよ。
 よーし。
 それじゃ、ちょっと鍛えてやるか。
 わたしの言うとおり動くのよ」

 あけみ先生は、さまざまな角度からの撮影をわたしに命じた。
 わたしは、指示に追い回されるまま、被写体の周りを巡った。
 何枚か撮るうち……。
 あけみ先生にとっては、わたしも被写体のひとつなんじゃないかって思えてきた。
 あけみ先生の目には、舞台の2人と、それを撮るわたしが入ってる。
 縄で括られた、豊満な全裸の女性が2人。
 それを撮る、小さな尻を剥き出した子供。

「ほら、美里。
 今度は、そっちから。
 また行き過ぎ。
 よし。
 下がって。
 柱のディルドゥ、ちゃんと入ってる?
 巨大なちんぽが、2人を見下ろしてるとこ。
 あ、サラシの布も入れよう。
 精液の象徴みたいになるわ」

 理事長は、無毛の股間を剥き広げ、無防備に仰のいてる。
 両脚は折り畳まれ、赤ん坊がオシメを替えてもらう姿勢だった。
 でも、いくら無毛と言っても……。
 その中心部に穿たれた裂傷は、赤ん坊とはまるで違うものだった。
 さっきまでバイブを咥えてた名残か……。
 陰唇が、わずかに開いて見えた。

 川上先生は面伏せたまま、眉根に皺を寄せてる。
 少年阿修羅と称される仏像のようだった。
 しかし……。
 その首から下は、少年ではあり得なかった。
 縄に区画された胸部では、巨大な乳房が潰されてる。
 腹部には、パン生地みたいな肉の括れが、幾本もうねってる。
 その下には、黒々とした陰毛が、野火の跡のようにに広がってる。
 中心には、まだ火が残ってた。
 そう。
 烟る陰毛を分け、陰唇が覗いてる。
 もっとも印象的なのは、尻から太腿にかけての、圧倒的な量感だった。
 柱の男根が、その尻を指弾するように、宙に突き出てる。
 柱に垂れるサラシが、ほんとに精液みたいに思えた。
 わたしは、構図の縁を裁つように、丁寧にシャッターを切った。

「美里、次はあっちからよ。
 ぼやぼやしない。
 違う!
 どっち行くのよ。
 逆だってば。
 美里!
 ミサ!」

 わたしが“ミサ”と呼ばれたのは、このときが初めてだった。
 そう。
 この瞬間に、わたしは“美里”から“ミサ”に変わったのかも知れない。

「あ」

 フラッシュが光らなくなった。

「電球、使い切ったわね。
 取り替えて来て。
 さっきの引き出しに、もう1本入ってるから」

 新しいフラッシュバーを取って戻ると……。
 あけみ先生は、2人の前に立ち、背中を見せてた。
 と言うより……。
 お尻を見せてた、と言うべきかもね。
 腰で切れたオーバーブラウスの下には、空豆を合わせたみたいな臀部が剥き出てる。
 わたしは、思わずカメラを構えてた。
 3人の女性を構図に入れると、シャッターを切った。
 フラッシュが、遠い日の幻燈のように灯った。
 あけみ先生が振り向いた。

「わたしのこと、撮ったのね。
 ふふ。
 フラッシュ焚かれると、気持ちが昂ぶるみたい。
 モデルさんって、みんなこんな心理になるのかしら?
 脱ぐはずじゃなかったのに、いつの間にか裸になってた、なんて話を聞くけど……。
 ほんとかもね。
 フラッシュを浴び続けると、トランス状態に入っていくのかも。
 なんだか、気分出てきちゃった。
 このまま立ちオナしちゃおうかな。
 オカズは目の前にあるし。
 それも、これ以上無いほど、豪華なオカズ。
 よし。
 わたしがオナってるとこ、後ろから撮って。
 縛られた2人の女をオカズに、立ちオナする変態女。
 斬新な題材だわ。
 始めるわよ」

 あけみ先生は、両脚を開き、腰を沈めた。
 形のいい脚は、膝で“く”の字に曲がり、外側に開いてる。
 いわゆるガニ股の姿勢だった。
 尻のあわいから、わずかに陰唇が覗いてた。
 その陰唇が、引き攣れるみたいに動いた。
 前から回った手が、すでに股間を嬲ってるようだ。
 空豆のような尻たぶが窪み、翳が生まれた。
 翳は、はためきながら息づいた。


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。