紫月いろは 緊縛撮影感想文

三月後半に掲載された「紫月いろは」さんより撮影時の感想文を頂きましたので、掲載致します。

杉浦先生へ

送って頂いた写真、何度も何度も見ました。360枚を何度も何度も。

何から言っていいかわかりませんが・・・まずは先生に撮って頂けたこと、本当に嬉しく思います。

「奈加さんの緊縛で、写真はあの杉浦則夫!!」私にとっては贅沢すぎる時間でした。

あの撮影のあと、私はある意味燃え尽きました。「これ以上なにがあるのか?」と。

でも燃え尽きた反面「もっとこの世界、緊縛の世界で生きていきたい」と強く思いました。

今まで自分が何を求めているのか、自分の居心地の良い場所,自分の居場所は一体どこなのかを長い間探していました。

でも先生と奈加さんと一緒にお仕事をさせて頂き、やっと自分が求めていたもの,求めているものが見えた気がしました。

緊縛に興味を持ったきっかけは「AVの仕事で」でした。

もともと「SM」というものに興味がありました。
でもここでいうSMは、手錠をかけられたり目隠しをされるという「おあそび」のようもので、まだ緊縛というもの自体知りませんでした。

ある日、AVの仕事で緊縛ものの撮影がありました。
その時「これだ!!」と思いました。
それは、その「内容が」というのではなく、その「感覚」に対して「これだ」と思ったのです。
麻縄の感覚になんともいえない興奮というか・・・上手く説明できないのですが「これだ」と思ったのです。

そこから私はネットで緊縛について調べました。
調べて調べて調べて・・・色々な情報が出てきました。色々な緊縛師さんの名前も出てきました。

そして辿り着いたのが「緊縛師・奈加あきら」でした。

色々ある情報の中で私は奈加さんに「この人だ!!」という感情を抱きました。
「この人に縛られたい。でも私なんかじゃ・・・。でも縛られたい。」そう思いました。

その中で緊縛の写真を撮っている方々の情報も目にしました。緊縛写真も目にしました。

そして「杉浦則夫」という存在を知りました。
「この人の世界の中に自分が入ったらどうなるんだろう?でもきっと凄い人だから私なんか無理か・・・。」そう思いました。

そして月日は流れ、去年の12月。
色々な事情や想いから、所属しているプロダクションを辞めました。

その「想い」というのは「緊縛の仕事がしたい」です。

緊縛の仕事をするにはフリーになって自分でその世界に飛び込むほうが良いと思ったのです。
「AVでの緊縛もの」ではなく「本物の緊縛の世界」が知りたかったからです。
AVでの緊縛を否定している訳ではありません。
ただ私が求めているのはAVでの緊縛とは少し違うもののような気がしたのです。

フリーになるということは、良い面もあれば悪い面があるということも考えました。
「きっとなめられるだろう」,「悪いように使われるかもしれない」。
だけどリスクよりも「やりたいことをやりたいんだ!!」という思いが強かったのです。
どうしても緊縛の世界に入っていきたかったのです。AVの仕事はAVの仕事,緊縛は緊縛として。

私の中では「緊縛の仕事をするなら奈加さんと!!」というのがありました。
だけど「あんな凄い人と私なんかが・・・」というのがあったのでなかなか踏み出せずにいました。
AVメーカーの面接に行って「どんな仕事がしたいの?」と聞かれても「緊縛の仕事を中心に・・・」としか言えずにいました。

本当は「奈加さんと」と言いたかったのですが言えずにいました。
私なんかが奈加さんの名前を出すのは100年早いと思っていて・・・。

そんな時、色々な経緯があって知り合った業界の方に「どんな仕事がしたいの?」と聞かれ
いつもの様に「緊縛の仕事がしたいんです。経験はそんなにないんですが、緊縛LIVEなんかにも興味があって・・・」と話をしたんです。

すると「それだったら奈加さんを紹介しようか?」と返ってきたのです。

一瞬耳を疑いました。

でも迷うことなく「お願いします!奈加さんに縛られたいです!」と言っていました。

それから数日後、奈加さんを紹介して頂きました。

あっ、すみません、つい長くなってしまいました・・・。写真の感想を書くはずが・・・。
でも良かったらもう少し聞いて下さい。

それから奈加さんに面倒を見て頂けることになりました。それが去年の12月の終わりでした。
「もう今年も終わるから、一緒に仕事するのは来年からだな。宜しくな!」と奈加さんに言って頂き年が明けました。

そして今年の2月。
縄会にモデルとして使って頂けることが決まりました。

念願の奈加さんの縄。

緊張と嬉しさと・・・もう色々な感情が入り乱れました。

その縄会のとき、杉浦先生にお会いしました。
杉浦先生にお会いした時は緊張が走りました。
「わっ!凄い!!本物だ!想像してたよりなんだか可愛いおじさんだ!」と思いました。

そして縄会の終わり頃、先生が「写真やる?」だったかな?私に一言話しかけて下さりました。緊張していたのでその一言の記憶も曖昧です。

「えーーーっ!!私!?いいの!?私なんかが先生と!?」という心の声を抑え「はい!お願いします!」と言いました。

そしてその数日後、先生に写真を撮って頂く日が来て・・・。

奈加さんの縄も縄会でしか受けたことがないし、「先生の現場は厳しいよ~」と色々なところから聞いていたので撮影が決まってから当日のメイク中までもう緊張、緊張でした。

撮影が始まり・・・撮影は一言で言うならば「圧倒」でした。
「“可愛いおじさん”がこんな風になっちゃうんだ!」と。

多分先生がシャッターを切ってすぐ、それと同時に緊張の糸は切れたように思います。
その緊張の糸は複雑に絡み合っていました。何本も何本も。その中のどこかの一本がプツリと切れたのです。

緊張しすぎて切れたのか、それとも・・・よくわかりません。そしてまだ切れていない糸もある。

撮影中はとにかく先生の情熱に圧倒されました。

奈加さんや周りのスタッフさんはとても冷静だったのをよく覚えております。

一方には静かな空気があって、もう一方には熱い空気。

そんな中、私は「この空間には先生と私しか居ない」というような錯覚に何度も陥りました。不思議な感覚でした。

その不思議な感覚はとても心地の良いものでした。
緊張と不安と嬉しさと・・・なんでしょう、色々な想いや感情が入り乱れ、でもそれがなんだか心地良かったのです。

そしてそこに「これだ」と感じました。

もちろん厳しかったです。噂通りとても厳しい。先生は優しいけれど、でもとても厳しい空気,空間。

私は沢山涙を流しました。

何故涙が出るのか、何故泣いてしまうのかわかりませんでした。あの日の涙の理由は今でもわかりません。

きっと「厳しい」や「嬉しい」、そして「今まで外から見て憧れを抱いていた世界に今自分が居る」という感動もあったと思います。

だけどやっぱりわからない。

こうして先生に頂いた写真を見ていると「こんな風になってたの!?」という驚きがあったり
「こんな場面あった!?」と思ったり・・・。

そこに居るのは確かに自分なのに、自分を見ている感じがしないというか・・・なんとも不思議な感覚。

360枚を何度も何度も見る。あの時の感情や想いや空気感が蘇ってくる。また涙が出る。
先生の写真に感動しているのか、夢が叶ったことに感動しているのか・・・涙の訳はやはり分かりません。

「何故こんなにも緊縛というものに固執するのか?」自分に突きつけてみる。
色々考えて理由をつけようとする。
でも結局理由なんてわからなくて・・・「好きだから好き」となってしまいました。

いつかその理由が明確にわかる日が来るのか来ないのかもわかりませんが
「私はこれからもっともっと好きな世界に身を置いて生きていきたい、生きていこう」と先生に頂いた写真を見ながら思いました。

自分がこの世界に必要とされているかも分かりませんが・・・
それでもやっぱり私はこの世界、緊縛の世界に生きたいと思います。

先生に写真を撮って頂けたこと、本当に嬉しく思います。
「写真を撮って頂く」という機会を通してこうして自分の緊縛に対する強い思いを改めて感じさせて頂けたことにも感謝しております。

簡潔にわかりやすく感想を書くつもりがこんなに長くなってしまい申し訳ありません。
自分の思いや考えを伝えるのが苦手なので、思ったことをそのまま文章にしたらこうなってしまったということをどうかお許し下さい。

いつかまた先生に撮って頂ける機会がもらえたらいいなと勝手ながら思っております。

先生、本当にありがとう御座いました。

いろは

夫婦調教×緊縛桟敷

今回はモデル募集に夫婦で応募して頂いた今川砂織(仮名)さんです。撮影後記は当事者の感想と、旦那様からのコメントとさせて頂きますのでどうぞよろしくお願い致します。

杉浦先生、撮影に関わって下さったスタッフの皆様、過日は貴重な時間をいただき有難うございました。
光栄にも、杉浦先生に写真を撮っていただけると決まった時から、女優・モデルの方のように美しくない裸体を曝け出す不安とプロの縄師さんに責められる喜びとが入交眠れぬ日々が続きました。
私のSMへの想いがあったのは幼い頃の経験からです。まだ、小学校三年生の時、父と一緒に入った温泉の大浴場で見知らぬおじさんにお尻の穴に指を入れられてしまいました。「痛い」と恥ずかしがりながら小声で言うとおじさんは、「まだ無理か・・・」と去っていきました。その時は、まだ小さかったのでよく事態が理解出来ませんでしたが、中学生になった頃には、男の人に惨めな姿で征服されるこの出来事を思い出しては、何度も下半身が熱くなる思いをしてきました。
撮影中は、私自身の惨めな姿を想像し悪人に捕まり辱められる様、縄に身も心も委ね日常では考えしきれない程の大胆なポーズに挑み興奮と恥ずかしさのあまり失禁もしてしまいましたが、撮影終了の時には、「もっと甚振って」と心の中で叫んでいました。
撮影からしばらく日にちが過ぎましたが、今でも、縄捌きの音や縄の匂い・杉浦先生の声・カメラのシャッター音・沢山の方の熱い眼差し・蝋燭の熱さや匂い・鞭の痛み・縄が食い込み身動きが出来ず、恥ずかしい処を曝け出したあの日の出来事が現実の事だったのかどうか不思議な気持ちで一杯です。

最後になりますが、このような貴重な体験をさせて頂いた本当に有難うございました。
仮名 今川 砂織

10年近く妻を調教してきました。
杉浦先生の作品を初めて見たのは、10代の頃だったと思います。頭を金槌で思い切り殴られた様な衝撃であった事をよく覚えています。
私にとって今回の撮影は、本物SM夫婦によるS夫からM妻への仕上げの調教です。
惨めな姿、作り物ではない本物のM妻の姿をご覧頂きたいと思います。
杉浦則夫先生、奈加あきら先生、そしでスタッフの皆様、本当に有難うございました。
夫より

管野しずか×緊縛桟敷

管野しずか「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。
私が女の裸を覗き見たのは小学生の夏休み、営団住宅の親戚の家に遊びに行っているおりでした、隣の家は小さな庭越しに開け放った部屋がすっかり見えるような作りでした、私は夏の朝の爽やかな光を窓越しに隣家の窓を見つめていると突然裸の成熟した女が窓を開けて朝陽を身体に塗り込むような仕草で佇んだ、キラキラと輝く乳房、小麦色の肌、胴回りのくびれの真ん中にある臍、初めて見る女の裸の美しさ見せたのは隣家に遊びにきていた婦人の妹さん。
そんな記憶をもとに下着を着替える女から撮り出してみました、覗きの楽しみは視姦者の熱い眼差しが開放された日常生活にある女に透明人間のごとく絶対にきずかれることなく女の仕草と同調しながら興奮を高めるところにある、そんなシーンを管野は艶めかしく創ってくれた、彼方を見つめる寂しげな横顔の美しさをみせてこれから始まるドラマの用意をつくる。
厳しく縄とめされた腕の血流は徐々にとまりなをも重なる責め縄の痛みが美しい顔に苦しみの波紋をひろげる、身体の奥深くからはく海女の口笛の如き音色の一つ一つに美しき顔はくずれ被虐の美が深まる
管野しずかの美しさははかない蜻蛉(かげろう)の美だ、だが被虐に堕ちるしずかは真っ赤な夕陽が水平線に堕ちる神々しさ表す、最後の光を水平線に落す哀しげな旋律、愛の意味を哀しさに封じた女、痛みを性的服従にする女、ここに写る股間のほとばしりはなによりの証。
管野しずか「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。

高沢沙耶×緊縛桟敷

高沢沙耶「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。
とても変わった子ですが、ボディーラインは素晴らしいです。変わったといいますのは人みしりが酷く現場にとけこめなくなると内向的になり、撮影がなげやりになってしまったことがたびたびありましたとマネィジャーはいうが、久々のそそる肉体を見せられてのがすわけにはいかない。
もともと緊縛撮影に適したモデルは少々癖のある子がむいていると過去の自信をもとに撮影にふみきる。慎重に高沢の緊張をほぐしこの子の感覚にとけこむようにして撮影を始める。この瞬間が今日一日の結果をしらせるとても大切な時だ、撮影時の第一印象だ、互いの感覚にずれがあるならばこちらからすりより、モデルをフォローするのが常套手段だ。だがモデルの緊縛にたいする理解がまるでないと、のれんに腕おしになってしまう、少しの戸惑いが以前ならばモデルの股間に猥褻感を求めたのであるが、この時期は緊縛の凄みは開脚によってそがれてしまうという思い込みがあり、ひたすら自分の想いをつきとおしてしまった、ああこれほど男心をそそる肉体のもちぬしにあってと、またしても反省する。
だがだが高沢はとても素直な子です、ちょっとトイレに行かせて下さいというのを、そこのオマルにしてみようかともちかけると「はい」と少し躊躇しながらも排泄シーンをつくってくれて小水をトイレに捨てにいくのであった、またまた調教ならばなぜにその小水をあびせて飲ませないのか、波長が狂っているときはアイデアも枯れる。成熟な美乳から流れる曲線の美しさをひたすら求めるべきだした。

高沢沙耶「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。

紫月いろは×和服×緊縛桟敷

紫月いろは「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。
その日の写真の出来映えのよしあしは最初のカットを撮った感じで決まる、紫月いろはがたたずまいをそろえてこの旧家の居間に佇んだ時私はアングルを選ぶ事なくいろはにむけていた、ファインダーにまるではめ絵の正確さでいろはがある、不思議なことに1ミリの構図の狂いを許さないほどにいろはがある、いろはと私の間にある緊張した静寂はすがすがしく心地いい、私のオーラは私の内にありいろは緊張をくずさない、この関係性は写真家のもつ独特な空気感であろう。
撮影当日は庭一面に昨夜らいの雪がうっすらと積もる寒い日でした、メイクをしながらのいろはがいうには昨晩雪の降るなかで自縛して下着で外にいてものすごく寒かったが雪のなかで一度縛った体を晒してみたかったという、自分で縛っているのだ、だが今日は自縛とはくらべものにならないほどきびしいと聞いて緊張しているそうだ。
最初の予感どうりにいろはは撮影が進むに時の経過とともにこの子は緊縛の世界に身をおく子と実感がわいてくる、縄に身をゆだね素直に痛さを感じそのさきになにを想像しているのかわからないが艶やかな太ももをくねらせて私の感覚をたかぶらせる。そんな感覚にある見方でいろはの顔を観ると浮世絵師春信えがく女のようであるがふとした時少女のような顔が現れるのが不思議だ。
今後の展開を楽しみにしています。

紫月いろは「杉浦則夫緊縛桟敷」にて掲載開始。