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ウツボカズラの甘美な匂いに狂い、蔓先に膨らんだ蜜壷の内に捕われた蟲。
透明な粘液の中で、のたうちながら快楽に溺れていく。
やがて身が溶け出し、細り、消滅してもなお、残された魂は官能を貪り続けることだろう。
当初の甘い誘香は、いつしか誰もが眉根を寄せる死臭となる。
鬼畜教師の、変態的性癖の好餌となった少女。遙が、心に負った傷は計り知れない。
すでに彼女は、大学生の恋人と別れていた。林田に言われるまま、学校へは毎日登校していたが、以前のように清純可憐な生徒ではなくなっている。突然、廊下で奇声を上げたり、大雨の中ずぶ濡れでグランドを走ったりと、奇行も目立ち始めていた。
あんなに多かった友人も、今では気味悪がって誰も寄り付かない。こうなっては両親も、専門の医者に診てもらう事を、真剣に検討し始めていた。周囲には、すっかり人格が変わってしまったように見える。しかし、それは大きなストレスから自己を守る為、一時的に心神喪失状態となっているに過ぎなかった。
正気がある。まだ。真底は、人格崩壊に至っては居ない。
もはや遙本人は、意識していなかったろうが、堕とされてしまった絶望的状況の中で、未だ懸命に、心の逃げ場を探していたのだった。その代償として、あれほど聡明で精錬潔癖であった少女が、男の前で堕落した牝奴隷を演じていたとしても、誰が責める事が出来ようか。
「さぁ遙、今夜は少しキツイぞ!」
この教え子は、性の悦びを教え込まれ、ついにマゾとして開花したのだ。恋人との破局も、彼女がもはや、普通の男では満足出来なくなった証左なのだと、恩師は達成感に酔う。
これまでも、これからも。女生徒達の心理は読んでも、その心情を思いやる事など林田には無い。彼なりの愛情らしきモノは存在したが、己に都合良く曲解し、正当化されたものに過ぎなかった。
虚妄の慈愛。男はそれに従い、今はただ遙の肉体を求めるようになっている。連日連夜。
だが、この美蓄に飽きるのは、遠い先のように思われた。「こんな事が、いつまでも続けられるハズは無い」といった悲観は、林田の中に皆無である。いや、少しは頭を掠めていたかもしれない。それでも次々に妄想は実現し、彼はその官能に身を置く事を選んだ。何かに憑かれる様に、遙を縛ることを止められなくなっている。そして今夜も、二人は旧校舎の闇の中に蠢いていた。
激しい吊り責めの最中だった。
縄に身を委ね、恍惚の表情を浮かべる遙の視線の先。ドア越しにチラチラと懐中電灯らしき灯が目に入った。彼らの地下教室に向かい、警備員の靴音が階段を降りて来る。
青年は、いつものように巡回中、旧校舎から不振な物音を耳にした。掛かっているはずの鍵は壊れていた。ドアを開け旧校舎の中へと入った。音のする階下へと向かった。当然の職務遂行だった。
地下教室では教え子が、ギリギリと食い込む麻縄に顔を歪めている。教師はそれに熱狂し、自身が只今縛り上げた、幻想的とも言える妖美に見とれ、背後から近づく“破滅”に気付く事はない。
ただ一瞬、苦悶の表情が緩み、遙がフッと笑ったように見えた。林田はそれを、被虐の陶酔と解釈したが、彼を蔑み、そして憐れみを含んだ微笑ではなかったか。
『なんとも酷い話です』
この後、二人に悲劇的な終幕が訪れる事は、容易に想像が付いた。遙の持つ、強い心だけが、暗澹たる結末を照らす希望の灯だが、事ここに至っては、いかなる救済も無意味に思えてくる。
何の落ち度も無い。悪い事など何一つしていない。
美少女・内山遙に、多分訪れたであろう、慎ましくとも幸せに満ち、退屈であっても平穏に違いなかった未来。それら一切を奪い取り、暗く荒んだものに書き換えてしまった事について、慙愧の念に耐えない。謹んでお詫び申し上げる次第。
おわり
文章 やみげん
写真 杉浦則夫
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