杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、
全20話の長編小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週火曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに!
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■放課後のむこうがわ1
「わたしが転校した学校の話、したことあったっけ?」
美里の問いに、美弥子は首を横振った。
「噂とか、聞いてた?」
「寄宿舎のある学校ってくらい」
「そう。
寄宿舎!
今どきねー。
でも、あの姉から逃れるためには、そんなとこに逃げこむしかなかったのよ」
そう言って美里は、口元のカップを傾けた。
細い喉首を、紅茶が降りていくのが見えるようだった。
美里は両肘をテーブルに付き、両手でカップを抱えていた。
口元から離したカップを鼻先に掲げ、ゆっくりと揺らす。
揺れる紅茶の中から、遠い記憶が湯気となって立ち上がるように……。
美里は、紅茶を見つめたまま話し始めた。
―――――――――――――――
学校はね、兵庫県の山の中にあったんだよ。
刺激的なものは、周りになんにも無いとこ。
同じ敷地に、学校と寄宿舎が並んで建ってる。
外部との接触は、ほとんど無し。
そこで、純粋培養のお嬢様が養成されるわけ。
わたしが転校したのは、2学期の途中だったでしょ。
そんな閉鎖的な環境だから、友達関係とかが、もう完璧に固まってるわけ。
転校生なんて、静かな水面に投げ入れられた小石よ。
平穏な日々を乱す異分子って感じかな。
あからさまに虐められはしなかったけどさ。
どのグループもテリトリーを固く閉ざして、わたしを迎え入れようとはしなかった。
でもね。
わたしには、むしろありがたかったの。
友達が欲しかったわけじゃないし。
放って置かれるのは、逆に気楽なものよ。
何するにしても、ひとりで気ままに動けるしね。
でも、学校はそれで良かったけど……。
寄宿舎では、やっぱり困った。
3人部屋なのよね。
各学年、1人ずつの。
わたしの入ることになった部屋は……。
新入生の数が、足りなかったみたいで……。
1学期から、2年生と3年生の2人だけだったらしいの。
一目見ただけで、この2人、出来てるって感じたよ。
部屋が、桃色の靄に包まれてるみたいな感じ。
わたしは、完璧に邪魔者扱いよね。
新婚夫婦の部屋に、赤の他人が同居するようになったみたいじゃない?
口では直接言われなかったけどさ。
邪険な仕草を隠そうともしなかった。
学校と違って狭い空間だから、ほんとに息が詰まった。
で、学校が終わっても、寄宿舎には帰りたくなかったの。
と言って、部活動なんて、もっと嫌だし……。
仕方なく、校内を探検してた。
特別教室とかわからなくても、教えてくれる子なんていなかったからね。
まごまごしないためには、自分で覚えるしかなかったの。
校舎は、比較的新しかったわ。
何の変哲もない、鉄筋コンクリート。
10何年か前、建て替えられたみたい。
図書館には、卒業アルバムがずらっと並んでて……。
ヒマだから、お昼休みにそれ眺めてたりしてたの。
建て替えられる前のアルバムには、木造校舎が写ってた。
田舎の小学校みたいな感じだったな。
こんな校舎の学校に、1年の最初から入って……。
平穏に過ごしたかったって、つくずく思ったものよ。
そんなある日のこと。
その日の放課後も、校内めぐりをしてたんだ。
1階の、体育館に続く廊下の脇に……。
見慣れない通用口を見つけた。
その廊下は、何度も通ってたはずなんだけど……。
通用口なんか、見た記憶が無いのよ。
不思議に思って、引き戸に手をかけると……。
鍵も掛かってなくて、するすると開いた。
生暖かい風が、顔を打ったわ。
なんか、空気が違うのよ。
10月の空気とはさ。
乾いた地面には、雑草がちらほら生えて……。
みずみずしい緑を見せてた。
ヘンに心惹かれてね。
通用口の外に出てみた。
内履きのままだったから、ヤバいかなと思ったけど……。
地面も乾いてるみたいだし、いいかって。
その学校、内外の区別が妙に厳しかったのよね。
廊下に顔だけ入れて、誰もいないことを確かめると……。
引き戸を閉じた。
その瞬間、背中からふわって風を感じてね。
振り返って驚いた。
雑草の生えた地面の向こうに……。
木造校舎が建ってたの。
卒業アルバムで見た校舎と同んなじ。
古い小学校みたいな校舎ね。
まだ取り壊されてなかったんだって、感激したよ。
ひと気も無いし……。
いいとこ見つけたって思った。
ここなら、放課後の時間つぶしに打ってつけだもの。
校舎に近づくと、なんか懐かしい匂いがするの。
胸がちょっと痛くなるような……。
“学校”の匂いね。
建物は、瓦屋根の載った2階建て。
建物の外壁には、色の褪せた横板が、何段にも貼りめぐらされてた。
顔より高い位置には、大きな窓。
もちろん、窓枠も木製。
でも、窓には磨りガラスが入ってて……。
伸び上がって覗いても、中が見えなかった。
どこかから入れないかなって、建物を回りこんでみた。
もし入れたら、それこそ絶好の隠れ家だもんね。
でも……。
建物の角を、裏側に折れたところで足が止まったわ。
人がいたのよ。
女の子がひとり、外壁の横板に背中を預けてた。
わたしと同じ制服。
紺ブレに、グレーのプリーツスカート。
紺のハイソックス。
でも、見かけたことの無い顔だった。
もちろん、転校して間がないわけだから……。
生徒全員の顔を、知ってるわけじゃなかったけどね。
でも、同じ学年なら、見かけたことくらいあると思うんだ。
と言って、上級生にしては、顔立ちが幼いし。
入学したばっかりみたいな雰囲気なのよ。
スカートの前で、真新しい鞄を両手で下げてて。
少しうつむいて、ストレートの長い髪が、肩を包んでた。
可愛い髪型だったわ。
左サイドの一部が、三つ編みになって下がってた。
声を掛けようかって思った。
独りぼっちで立ってるその子が、自分と同じに見えたのかもね。
なんだかんだ言って、やっぱり寂しかったんだよ。
その子は、見るからに人待ち顔だったから……。
ひょっとして、わたしを待っててくれたのかも、なんてね。
そんなはずないんだけどさ。
思い切って歩き出してすぐに、自分の馬鹿な思い違いに気がついた。
その子の顔が、ぱっと輝いたんだけど、目線はわたしの方を見てなかった。
目線の先には、もうひとりの女子高生がいたの。
女子高生は口元をほころばせ、柔らかい声で呼びかけた。
「お待たせ、あけみ」
あけみと呼ばれた子は、寄りかかった外壁から背中を離した。
満面の笑みで、目線の先の女子高生を迎える。
2人は校舎前で向き合い、互いの目を覗きこみながら、微笑を交わした。
でもね……。
あとから来た女子高生は、うちの生徒じゃなかったの。
制服が違ってた。
紺のスクールベストで、上着は着てなかったけど……。
スカートは、グリーンとネイビーのタータンチェック。
あと脚元も、白のショートソックスだった。
部活なんかで、よその高校と交流することはあるから……。
他校の生徒が校内にいたって、おかしいことはないんだけどさ。
でも、ひとりだけで行動するってのは、まず無いんじゃないかな。
「ずっと待ってたよ。
ともみさん」
まぶしそうに見上げるあけみちゃんに、ともみと呼ばれた子は小さく頷いてみせた。
内巻きのボブが、肩の上で揺れてた。
「ふふ。
いい子ね。
じゃ、行こうか」
そう言って、ともみさんは、校舎の方へ歩き出した。
あけみちゃんは、寄り添うように肩を寄せた。
2人の姿は、校舎の角を曲がって消えた。
後をつける気なんか、最初は無かったんだけどさ。
なんとなく、2人の雰囲気が気になってね。
普通の友達同士、って感じじゃないのよ。
そういう雰囲気の2人連れは、校内でもときどき見かけた。
友達とは違う、親密な気配を感じさせる2人。
早い話、カップルよね。
第二話へ続く
文章 Mikiko
写真 杉浦則夫
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