【唆る肉体】
「何故、彼女を“女教師”としたのか?」
その答えは後に書く。
昭和緊縛史・第二集収録の「向島かすみ」は、昭和54年を中心に活躍したモデルさんだ。
「芳村なぎさ」という名前を憶えていたのだが、資料を整理していて「津田麻里」という名前も見つけた。当時、結構な露出であったので、きっと他の名前も持っているだろう。
ナース、女学生、テニスウェア…S女王様という設定もあった。とにかく作品数が多い。間違いなく、昭和の緊縛グラビア黄金期を支えた一人だと言えると思う。
その中でも、特に「苦い旋律」(昭和54年10月・SMファン掲載)のシリーズは秀逸だ。彼女の持って生まれた“唆る肉体”が、忠実に、あるいはそれに増して淫靡に写し撮られている。
不自然に上半身を反らされ、オルガンに縛り付けられた向島かすみに苦悶の表情が浮かぶ。
彼女から自由を奪う麻縄は、二の腕を回りこみ、半袖ブラウスの下に隠されている乳房を上下に挟み込んで掛けられている。その二筋の胸縄の間を弓状に走るストライプは、平面に転写されただけの2つの半球を、あたかも福与かに奥行きを持つように錯視させる。
私には、彼女の着るブラウスが、妄想世界の導入部として重要な役割を担っているように思えてならない。そのストライプ柄が、これ以上無いくらいの美しい曲線を縄間に描く事で、押し込められた肉体に若く瑞々しい弾力がある事を容易に、そして強烈に直感させる。見る者は、ここで知覚した心地よく浮き上がる美肉の感触を持続しながら、後に繰り広げられる縄濡絵巻へと感情移入していくのだ。
もう一つ。作品全体が「蒼」に支配されている。
画像自体が、シアンに寄っているという意味だけでは無い。スカートの水色、洗面器の青色。なによりも、エロスを象徴するかのごとく配置された、リンゴとオレンジの暖色の印象的な鮮やかさが、そこは「蒼い空間」である事に気付かせてくれる。
本作では、蒼の中に白い柔肌を縛り付けることによって、皮下に透ける微かな紅美をも浮き上がらせる。
残念ながら。向島かすみを撮った他の作品では、彼女の白肌は強調されていても、それ以上の生々しさを伝えてくれてはいない。紅美から滲む淫艶が、ブラウスによってもたらされた実体感と相まって、体温や体臭を伝え、比類無い肉体表現へと繋がっているのだろう。
指で押せば「ぷりっ!ぷにゅ!」と弾く、“そこに在る”肉体の感触。その効果が、計算された結果にせよ、そうでないにせよ、写真芸術の成し得た奇跡である事には変わり無い。
向島かすみの作品を見る(緊縛桟敷キネマ館)