かんなさんの緊縛画像を見て 前編

素人さんがプロの方に縛られ、撮影されるのは、どんな気持ちなんだろう、
とは、私もよく考える議題。

自分が女に生まれていたら、そんな決断は出来ただろうか。

そんな妄想をする事があるから、
その緊張感が痛いほどに伝わってくる。

28枚目、
縄が足されていった後、外気に身体が晒される。
この時、状況の変化に頭の中は追いついていたのだろうか?

40枚目、緊縛にも身体がなじんできた頃、
突如として均衡を破られる。
その刺激は、あまりにも甘美で、そして残酷だった。

素のかんなが現れる。抑え切れない。
緊張した足指が、状況を痛いほどに伝えてきていた。

52枚目、もう堪え切れない。
手が空を彷徨い、何かにすがろうとしていた。
間もなく訪れる絶頂・・
緊縛されて迎える絶頂に、頭が混乱する。動揺する。

72枚目、抑えていた絶頂の波がいよいよ押し寄せる。
白日の下、緊縛された姿を多くのスタッフに晒し、
かんなの人生で、もっとも深い絶頂が訪れる。

75枚目、イったばかりなのに、続けざまに押し寄せてくる。
もう、為す術は無かった。

思い切りイったのを見て、一旦解放される。

112枚目、今度は視界を奪われる。
別の男が、先程まで痙攣するほど感じていた場所に触れてくる。
覚悟も決まっていないのに、次々と責め立てられる。

121枚目、挿入しやすいようにと、前傾姿勢を取らされる。
先程まで濡らしまくっていたそこを見られてしまう。
自分がどれほどに感じてしまっていたかを見られてしまう。
しかし、本能は次の責めを求めていた。
否定できない・・。流される・・・

132枚目、あまりにも濡れていたそこは、張り型をたやすく飲み込んでしまった。
気持ちよすぎる・・。
あまりの衝撃に、困惑よりも先に流されていた。

139枚目、痛いほどに尖っていた乳首まで弄られる。
追い込まれる。恥ずかしさと気持ちよさが交互に押し寄せる。
縄の魔力だけでも十分過ぎたのに、期待していた事(責め)も、
期待以上の快感となって襲ってきていた。
長年求めていた世界。恥ずかしいほどに感じていた。

177枚目、目隠しを外され、自分の痴態を見せられる。
大勢のスタッフがいた事を、改めて目の当たりにする。
先程まで、完全に素の自分だった事に愕然とし、茫然自失。

196枚目、今度はそれを自覚した上で、再度責められる。
もう止まらなかった。
見られながら、追い込まれる。
心がその責めを求めていた。
皆に見られながら、かんなは思いっきりイった。

自分の思いに重ねながら、彼女のイキざまを見る。
自分がこうされたい、と思うから、相手を責めきれる。

緊張も何もかもを吹き飛ばしてしまう縄の魔力。
そこに責めが加わったのなら、
32歳という経験なんか、何の役にも立たなかった。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館にて掲載中

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

後編に続く→

緊縛blog – ぶん。

水城杏子

人柄までも私の写真に写らないがきっとこの子は男の頼みごとはなんでもききいれてくれるタイプの子と思われる、それはこの撮影で彼女からNGを一つもきかなかった。懐かしい昭和の時代の子、男にとって天使のような子、男が性欲のはけぐちに心底まいっているとそっと添い寝してくれた昭和の天使、けっして
淫乱などといわせないどこか涼しげで子どもの風情がただよう天使。
下腹がポッチャリとでています、乳りんが黒々と大きくおしりも少し扁平でモデルらしくはありませんが、その分親しみやすい身近な子です、撮影表現をそんなところにおいてなすべきであったかと反省してます。
梅雨のきれめの晴れた日でした、いまどき行水などとは子どもがビニールのプールを使うだけで浮世絵にあるようなたらいに婦女子が水浴びをする図などとは時代錯誤もはなはだしいが、たらいのへりにこしかけ後ろ手をきりっと縛られたお尻には感じ入るものがあった。

暑い日でしたのでうちあげのビールはかくべつにおいしかった、モデルさんも慣れない撮影から開放された安堵でビールをおいしそうに飲む

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館で掲載中です。

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

かんな 素人募集からの出演

久々の応募モデルさんの登場、応募のきっかけは桟敷の撮影風景を見てなにやら活 気のある現場と思い面白そうだと興味をもつ、はっきりとはイメージできないが以前から緊縛写真は時々見ることもあった、その場の主役になれたらまた美しく 縛られた自分をみてみたかった、年齢が32歳なのがきになったがおもいきりよくとびこんでみた。
覚悟は出来ていても大勢のスタッフに囲まれ撮影に 入ると気おされされて固い表情で始まる、素人さんのモデルさんにはかえってそのほうがリアリティーがうまれる、撮りすすむあいだには必ず素の顔、秘めた願 望をときほぐす策は私の経験でできるはずです、苦痛でも快感でもでもいいが女の感情を一度絶頂にのぼりつめさせてこちらに素の形をみせさせる、恥じらい遠 慮はその繰り返しでどんどんとけ苦痛と拘束が女にみがきをかけ本人も気づかない美しい女をつくる、不思議な現象でモデルプロダクションからの紹介ではその 高まりに大きな違いがありサイトの会員の評価も確実にこのような女性にある。
身長150cmm体重40kgほどですから吊り責めがきまると週の後半には30分ほどの長い時間をつかって吊りを試みました、下ろした後の疲れた雰囲気は好きなカットです。
帰り際長袖の衣服の用意がなく縄あとを見せて打ち上げの食事をする、皆さん車中などで注意ふかく観察するとこのような跡をつけた女性にめぐりあえることもあります。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館にて掲載中

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

桃果サキ ナース緊縛

桃果さきさんが突然引退を表明したのは昨年の12月のことであった。撮影に嫌気 がさしたからではなくさきさんの私ごとの事情での引退であった。彼女のフアンは緊縛桟敷におおくランクで五指にのぼるほどである。他社でも相当に引退をお しむ声をきく、さんなわけで今回の掲載は昨年12月の暮れもおしづまった頃に撮影しました。看護婦の白衣が色白でふっくらした体型にとてもよく似合いま す、性格もおっとりとしていますしなによりもこの子には競争心、ねたみ、ひがみなどの女毒がない、従順に男についていくタイプの子であるかといって芯は強 い子である、モデルの収入は大衆食堂で働くよりも数倍のお金を得ることが出来るにもかかわらず
引退を決める価値観のはかりかたにも芯のぶれないたしかさがある。白衣の看護婦にもどります。N理事長の息子医師は桃果看護婦に入所当時からつきまどっていた、病院の物置と使用されなくなった病室の整理当番に休診日を選んで今日に指名したのもN医師の悪だくみである。
いくらひとのいいさき看護婦でもロープで縛り上げられて羞恥のかぎりをつくされては力かぎりの抵抗を試みるのであるが、休日の病院にはましてやここは人のよりつかない物置である助けに来てくれる人があろうはずがない。だが不思議なことに
死にもの狂いに抵抗しあばれるうちに体のすみにつかみどころのない変化を感じる
そ れは襲われて縛られて1、2時間たってからのことです、このようなみじめな裸の姿を見つめられて大嫌いな理事長の息子がいやらしい言葉で責め立てればたて るだけさきは絶望的な恥じらいの淵に堕ちる、すべての人格、思考を奪われた奈落には小さな固まりのまるで胎児のごとくの自分がいる、わめく男の声はさきの 恥らう心をたかぶらせるばかりである。これが調教のはじまり

噂によればその後のさきさんはある大衆食堂で白いエプロンと頭に三角巾をして元気に働いているとのことです。ここでも地元の人気者。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館で掲載中です。

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

城井桃の喪服緊縛

親分の3回忌の帰りに立ち寄った舎弟の家で、娘のように可愛がってくれた親分の 思い出にひたっているところに、いつもは「ねいさん、ねいさん」と主人の弟分である龍二は分をわきまえた態度であったが、突然に背後から私に縄がけをして 襲いかかった、みごとな縄さばきで抵抗する間もなく私は高手小手に縛り上げられていた、きっとこいつの先祖は江戸の岡っ引きだ、「こんちくしょう、うちの に……」とはぎしりする間に猿轡で声をふさがれてしまった。「あねさんはほんとうはこんな趣味がおありでしょう?」と酒くさい息をふきかける、(あろうと なかろうとおまえごときに手篭めにされてたまるか、この三下が)と声にもならずくやしがれば、「これからが極楽浄土の桃源郷、あねさん俺のこの指一本でい かせてみせましょう」と憎らしげな薄笑いを浮かべやがる、(お前ごときの生半可な手管に落ちるねいさんか、旦那が帰ったあかつきにはおおべそかかせてや る)と身構えるのであったが、裾前を大きく開かれてしげみを晒され、そこにぐいぐいと縄がけで責める、(こんちくしょう、そんなことをだいじなところにし たら、あああああ……縄がぬれ…)濡れた縄が陰部とお尻を責め立てる、私の知らない刺激が体をおおいつくす、私の理性は抵抗は体のほてりとともに失われ未 知の快楽を求めはじめる。(こやつの罠にはまってはならぬ我が娘よ、悪しき快楽の産み落とす実の不実の罪)痛みと憎しみと快感が汚辱の血に狂おしい(私は 堕ちていく、あがらう力が正気を狂気にかえてしまう)「悶えなせい、今日は縄のあじのほんのとばぐち、二人の秘密の遊びですぜ」私の体はふるえ龍二の声は とどかない。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館にて掲載中

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載