理事長のお尻が、怯えた犬みたいに下を向いた。
「ほっほっほ」
女王さまは、全身を揺らしながら笑った。
その刹那……。
わたしの身体に電撃が走った。
女王さまが身を折った拍子に、ロウソクの炎の輪が、胸元まで照らしたの。
女王さまの胸から下がるペンダントが、炎を返して揺れてた。
そのペンダントには、見覚えがあった。
まさか……。
もっとよく見ようと、思わず身を乗り出した。
「誰!」
女王さまの顔が、真っ直ぐにこっちを見てた。
気づくと、わたしの上体は、鏡の陰から半分も出てた。
女王さまの目は、目深に被った帽子で見えなかったけど……。
その瞳が、わたしを射抜いてることは間違いなかった。
メデューサに見詰められたように、わたしの身体は石に変わった。
「なんだ。
観客がいたんじゃない。
そんなところに隠れてないで、出てらっしゃいよ。
特等席にご案内するわ。
かぶりつきよ。
あ、それよりも、舞台に上がってもらった方がいいか。
まな板ショーね。
さ、いらっしゃい。
ほら、ゆい。
観客にご挨拶なさい」
女王さまの視線が、うずくまる理事長に落ちた。
女王さまの手が、理事長の髪を掴んだ。
理事長の頭が引き起こされる。
メデューサの視線が逸れ、呪縛が一瞬だけ解けた。
同時に、わたしは床を蹴ってた。
理事長に顔を見られるわけにはいかない。
ブルーシートの裾を、滑り抜ける。
靴を拾い忘れたことに気づいたけど、もちろん取りに戻るわけにはいかない。
今にも、背中に女王さまの影が差す気がして、振り返ることさえ出来なかった。
理事会室の扉を抜けたところまでは覚えてる。
でも、その後、どうやってあの塔を抜けて来たのか……。
記憶が定かじゃないの。
でも、女王さまは追って来なかった。
ま、あの格好じゃ、塔の外には出れないわよね。
ふふ。
ちょっと幕間が長くなっちゃったようね。
「さて、美里ちゃん。
ここで質問です」
あけみ先生が語る、不可思議な世界から抜けきれなかったわたしは……。
突然名前を呼ばれ、ようやく夢から醒めた。
思えば今、その奇妙な話の舞台だった理事会室に……。
登場人物が、そのままいるんだ。
出で立ちもそのままに。
あけみ先生の衣装は、下半身だけ無くなってるけど……。
理事長と川上先生は、その時と同じ縄だけ。
先生のお話と違うのは、縄の打たれ方。
理事長は仰向けにされ、股が裂けそうなほど脚を広げられてる。
川上先生は、蜘蛛の巣に絡められたようにぶら下がってる。
お話の登場人物で、ここにいないのは女王さまだけ。
その再現された舞台に、自分も立ってることに改めて気づき、わたしは身震いした。
「あの女王さまは、誰だったでしょう?
はい、即答」
そんなこと言われても、答えようが無い。
「そうね。
もうちょっと、補足が必要か。
女王さまのしてたペンダントに、見覚えがあったって言ったでしょ。
紫色の、大きなペンダント。
普通の服装では、とても着けられないデザイン。
吊るしてるのも、チェーンじゃなくて、紐だったし。
でも、あの日の女王さまのコスチュームには、とっても似合ってた。
見覚えがあるどころの話じゃないの。
だって、あのペンダントは……。
わたしが、ともみさんにプレゼントしたんだもの。
あの14年前の旧校舎で、わたしの手からともみさんに渡ったものなの。
見間違いなんかしようもない。
あれと同じものは、2つと無いわ。
なぜならあれは、わたしの手作りだったんだから。
高校のころの夢は……。
ピアニストかジュエリーデザイナーになることだった。
結局、この学校に残るために、音楽教師になっちゃったけど。
ま、それくらい手先が器用だったのよね。
で、お小遣いをはたいて材料を買い、一生懸命作った。
ともみさんは喜んでくれたわ。
わたしがあげたペンダントを、ともみさんはずっと持っててくれてるはず。
わたしはそばにいられないけど……。
わたしの作ったペンダントは、ともみさんと一緒にいる。
それが、14年間、待ち続けられた支えでもあった。
それが、なぜ!
なぜ、ともみさんのペンダントを、あの日の女王さまが着けてたの?
女王さまに見つかったとき……。
どうしてあの場にとどまって、そのわけを聞きたださなかったのか……。
後になって、どれだけ悔やんだか。
でも、あの時は……。
恐怖と混乱で、まともな思考ができる状態じゃなかった。
逃げ帰ってから、さんざん考えたわ。
ともみさんのペンダントを、女王さまが持ってたわけを。
女王さまに、あげちゃったんだろうか……。
いや、そんなはずは無い。
わたしのともみさんが、そんなことするはずがない。
そんなら、どうして?
泣きながら考えぬいて……。
出た答えは、ひとつだった。
そう。
あの女王さまは、ともみさんその人だったのよ。
ふふ。
なんでそんなことに気づかなかったの?、って顔してるわね。
だって、年齢が、ぜんぜん違ってたんだもの。
わたしの知ってるともみさんは……。
大人びてはいたけど、それでも高校生だった。
でも、あの女王さまは、今のわたしと同じくらい。
間違いなく、30歳前後の女性よ。
わたしは、ピアノをやってるせいか、人の手にすぐ目が行くの。
女性の年齢はね……。
顔は、ある程度お化粧でごまかせても……。
手の甲だけは隠せない。
テレビの女優さんを見ても、顔はほんとに若々しいのに……。
手の甲に、無残な血管が浮いた人っているでしょ。
高校生のともみさんの手は、ほんとに綺麗だった。
血管なんて、ぜんぜん見えない。
お餅を被せたみたいに、つるつる。
でも、あの女王さまは違った。
それなりに血管が浮いた、大人の女性の手をしてたわ。
なら、どうしてその人がともみさんなのか……。
わかる?
つまり、あの女王さまは、30歳くらいになったともみさんだったってこと。
ともみさんはね、時間を越える能力を、大人になってからも持ち続けてるわけよ。
きっと、あの旧校舎にあなたが呼び寄せられたのも……。
ともみさんがつくる磁場に、引きこまれたせいかも知れないね。
すなわち、時間旅行をしてるのは、高校生のともみさんだけじゃない。
30歳のともみさんも、時間を越えてるんだってこと。
はは。
信じられないって顔してるわね。
わたしもほんとは、半信半疑。
ともみさんがわたしを見て、あけみだって気づかなかったのも、ちょっとショックだったし。
それよりなにより、どうしてわたしのところじゃなくて……。
この2人のところに来てるの!
それが一番、許せない!」
裸電球の明かりに照らされたあけみ先生の顔には……。
狂気の翳が差してるように見えた。
「で、今日は……。
ともみさんを、もう一度呼び出してもらおうと思って……。
ここに来たのよ。
美里、あなたはその証人として呼んだの。
わたしは、14年も経って変わっちゃったけど……。
あなたは、旧校舎に行ったときのままだもんね。
ともみさんも、絶対に覚えてるはずだから。
さて、理事長先生。
長々とわたしの独演をお聞きくださって、ありがとうございました。
これからは、存分に語らせてさしあげますわ。
イヤでもね。
さ、どうなの?
あの女王さまは、いったい誰?」
両脚を一杯に拡げられた理事長は、背中に潰される腕が苦しいのか……。
ときおり上体を捻り、背中を浮かせてた。
身悶えてるようにも見えた。
視線はとりとめなく彷徨い、意識が混濁しかけてるみたいだった。
「ふふ。
大股開き、苦しそうね。
自分で開くのは、大好きなくせにね。
じゃ、ちょっとお色直ししてあげようか。
美里、机の下の縄、取ってくれる」
あけみ先生は、理事長の足首を戒める縄を解いた。
でももちろん、理事長を解放するためじゃなかった。
先生は、理事長の脚を膝で折ると、荷造りするように縄を掛け始めた。
理事長の脚は、太腿とふくらはぎが密着するほどに畳まれた。
あっという間の手際で、両脚がハムみたいに括られた。
両足の裏が、股間の下で合掌してる。
「ずいぶん、おとなしくなったものね。
暴れたから、また薬が回ったのかしら?
じゃ、いい子にしてたご褒美あげましょうね。
美里、また机のとこに行って。
天板裏の薄い引き出しに、鍵が入ってるから。
そう、それ。
その鍵で、右の引き出し開けてごらん。
開いた?
そしたら、一番上を引いて。
ははは。
驚いた?」
深い引き出しの中には、さまざまな色彩が、オモチャみたいに溢れてた。
でも、子供のオモチャよりも色合いが暗く、毒々しい感じがするものが多かった。
ウブなわたしでも、それが何かはわかった。
そう。
それは、大人が使うオモチャ。
男性の陰茎を象ったものやら、大きさの違うボールを数珠つなぎにしたもの。
深い引き出しの中で、それらは息づいて蠢いてるように見えた。
「わたしのコレクションの、ほんの一部よ。
どれでもいいから、選んでみて。
なんなら、自分のに入れて試してみてもいいけど。
でも、ひょっとしてあなた……。
バージン?
どうしたの?
恥ずかしいことじゃないでしょ。
あなたの歳だったら、わたしだってバージンだったわ。
ま、でも、こんなとこでバイブにバージン捧げることも無いわね。
大事になさい。
さ、どれかひとつ選んで。
理事長のために。
あなたの気に入ったのでいいのよ」
本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。