「理事長、この子、憶えてます?」
「……」
「残念ね、美里。
どうやらあなた、記憶に残ってないみたい。
もっとも、そんな格好だもんね。
下半身裸の女生徒なんて、記憶の中の顔と繋がらないかも。
理事長。
ちょっと前に、転入生の面接をなさったでしょ。
その子ですよ」
「岩城先生。
どうして……。
どうしてその子まで」
「あらやだ。
わたしが、この子をどうにかしたとでも?
この子は、自分でパンツまで脱いだんですよ。
わたしと同んなじ姿になりたいって。
それに……。
理事長を吊り上げたのも、この子なんです」
「そんな……」
理事長と目が合った。
わたしは、かぶりを振った。
確かに吊り上げたのはわたしだけど……。
吊り荷が理事長だったなんて、知らなかったんだもの。
「ほら、美里。
見てごらん、このお腹。
スゴい括れでしょ」
背中で両腕を戒めてる縄が、ウェストの両脇から前に回ってた。
縄は、張り出した腰骨に食いこみながら絞られ、股間で1本に束ねられてる。
撚れ絡む縄は、そのまま脚の間を通って、梁まで伸びてた。
つまり、理事長の全体重が、その縄の束に掛かってる。
キツく食いこむ縄で、理事長のお腹は、V字を逆にした形に括れてた。
「ほら、この腹筋」
先生の指が、理事長のヘソの脇をなぞった。
「あぅっ」
理事長の身体がうねり、縄を渡した梁が軋んだ。
お臍を挾んで両側に、筋肉の割れ目が浮きあがった。
「さすがね。
水泳や乗馬で鍛えてらっしゃるから。
女性のこんなお腹、初めて見たわ」
「く、苦しい……。
下ろして」
「眠らされてる間に縛られて……。
気がついたら逆さ吊り。
さぞ、驚いたでしょうね。
でも、縛るの、けっこうタイヘンだったんですよ。
縛りってのは、縛られる側の協力が無いと、とっても難しいの。
やっと完成したオブジェなんだから……。
そう簡単には下ろせません。
美里、カメラ取って来て」
先生は、壁際のテーブルを指さした。
例の、ポラロイドカメラが置かれたテーブル。
先生の指先を辿った理事長の視線が、わたしを向いた。
「あなた、止めて。
止めさせて!」
「あら、理事長先生。
この子の名前、覚えてらっしゃらないの?
こないだ、面接したばっかりでしょ?」
「ミサトさん、お願いだから、止めて」
「はは。
名前の方は、さっきわたしが呼んでたものね。
苗字は?」
「……、ごめんなさい」
「美里、カメラ。
出来上がりを、モデルさんにも見て欲しいから……。
ポラロイドね」
わたしは、縋りつく理事長の視線を逃れるように、後ずさった。
視線の呪縛を逃れると、身を翻して、デスク前に立った。
ポラロイドカメラは、厚い洋書みたいな形に折り畳まれてた。
銀色の躯体に、茶色い革が張られてる。
取り上げると、ずっしりと重い。
わたしは、冷たいカメラを胸元に抱きしめた。
あの、木造校舎の記憶を抱くように。
「何してるの。
早く持って来て」
胸元に乳飲み子を抱えるようにして、先生の元に戻った。
なぜ、理事長ではなく、あけみ先生の言うことを聞いたのか……。
わたしにも、よくわからない。
でも、あの放課後の向うがわにあった世界が……。
あのときのわたしを支配してた。
だから、あの世界を一緒に体験した先生が、わたしにとっては特別な人だったのかも。
先生は、わたしからカメラを受け取ると……。
お弁当箱にライターが貼り付いたみたいな出っ張りに手をかけた。
その出っ張りを、マジシャンみたいな手つきで引き上げると……。
折り畳まれてたカメラは、一瞬にして立体的なフォルムを獲得した。
「今日は、ストロボも要るわね。
美里、机の引き出し。
早く行って。
そう、そこの一番上。
それそれ。
今、手に取ったやつ。
持ってきて」
それは、薄青い、アイスキャンディみたいな形をしていた。
キャンディの中に、電球が並んでる。
「フラッシュバーって云うのよ」
先生は、バーを電球にかざした。
「綺麗でしょ。
電球が、裏と表に5つずつ並んでる。
この電球はね……。
発光すると、ひとつずつ潰れるの。
つまり、10回しか使えないストロボね。
儚ないっていうか、潔いいって云うか……。
昔の機械って、愛しいよね。
ポラロイドのフィルムだって……。
間違ってシャッター押したら、1枚使っちゃうわけだし」
先生は、キャンディみたいなバーを、カメラの上に、横向きにセットした。
バーの長さはカメラの横幅と同じだった。
儚い電球を装着したカメラは、オモチャのロボットみたいに見えた。
「さ、モデルさん。
カメラの準備が出来たわよ。
こっち向いて」
「いや……」
理事長は、カメラから顔を背けた。
逆立った長い髪が揺れた。
「素直じゃないわね」
先生は、背けた顔の方に回りこんだ。
理事長の顔が、また逃げた。
「もう。
さっきも言ったでしょ。
このストロボ、無駄玉は打てないのよ。
じっとして」
もちろん、理事長はその言葉に従わなかった。
先生の動く方向とは逆に、顔を振り向ける。
「頭にきた。
そういう悪いモデルさんは、お仕置きね」
先生は、構えてたカメラを下ろすと、理事長に近づいた。
逆さに吊られた理事長は、顔を背けることは出来ても……。
体ごと捻ることは出来ない。
もちろん、すぐ脇に立つ先生から逃れるすべはない。
「美里、こっち来てごらん。
ほら、綺麗なおっぱい。
でも、可哀想にね。
こんなにひしゃげて」
乳房の周りを、縄が締めつけてた。
上下に幾筋も走る縄で、乳房は生クリームの絞り袋みたいに潰れてる。
でも逆に、砲弾みたいな形に尖ってた。
「それほど大きくは無いけど……。
ほんとに綺麗なおっぱい。
乳首も、濃い目のファンデみたいな肌色だし。
遊んでるはずなのにね。
ほら、乳輪だって……。
朧月みたい。
綺麗な満月。
なんだか、腹が立ってくるわね。
理事長、このおっぱい、自慢なんでしょ?」
先生は、理事長の顔を見下ろした。
理事長は、顔を背けたままだった。
「答えない気?
お立場がわかってらっしゃらないようね。
逆さに吊られながら反抗的な態度を取ったら、どうなるか……。
教えてさしあげますわ」
先生の片手が、理事長の乳房に伸びた。
指先が、乳首を摘む。
力が籠もった。
蛍が灯るように、爪が白く色を変えた。
「痛いぃぃ」
理事長が髪を振り立てた。
「悪い子の乳首は、グリグリ」
先生は、摘んだ指先を左右に捻った。
そのまま、引っ張りあげる。
「ほーら、伸びちゃった。
理事長、形が崩れちゃいますよ」
「止めてぇ」
「じゃ、言うこと聞きます?」
先生の指先が、乳首を離れた。
「あれ?
理事長。
こっちの乳首、起ってません?」
「違います!」
「違わないわぁ。
美里、ほら見てごらん。
同じじゃないわよね。
反対の乳首と」
言われてみればって感じだけど……。
引っ張られた乳首は、もう片方より突き出て見えた。
「起ってるでしょ」
わたしは、思わずうなずいてた。
「ウソよ……」
「まだ、そんなこと言ってるの。
そういう子には……。
本格的なお仕置きが必要ね。
いいこと思いついたわ」
先生は、ウィンチの机の間を縫って、部屋の奥に向かった。
電球から遠ざかった背中が、薄暗がりに沈んでいく。
「この部屋、ほんとに写真部の部室に打って付けなのよ。
水が出るんですもの。
現場監督に教えてもらったんだけど……。
ここに、カウンターバーが付く予定だったらしいの。
ほんとにふざけた理事会室よね。
残念ながら、カウンターの搬入前に、工事が止まっちゃったけど……。
シンクだけは、こうして付けられてたってわけ。
さらに、この奥には……。
いろんな楽しいガラクタが転がってるの。
早い話、物置代わりに使ってるってことよね。
不要になったガラクタが、ここに押し込められて来たわけ。
3年も経てば、いろいろ集まるわよ。
ほら、畳まであるんだから」
先生の指の先は、壁際に立てかけられた畳を指してた。
畳は、小部屋を敷き詰めるくらいの枚数があった。
「どうしてこのロココ調の建物に、畳があると思う?
現場監督に設計図を見せてもらって、呆れたわよ。
理事長室には、茶室があったのよ。
現場監督には……。
ヨーロッパで知り合った友人を招待するときに使う大事な部屋だって、得々と語ってたそうよ。
早い話、驚かせて自慢したかったんでしょ。
で、その茶室に一旦入れた畳を、総入れ替えしたのね。
い草の色合いが気に入らないとかでさ。
でもこの畳、サイズが微妙に市販品と違ってるらしいの。
茶室って言っても、ロココ調の尖塔部分に、無理やりくっつけた部屋だから……。
日本間の寸法とは違うのね。
だから畳も、部屋に合わせた特注品ってこと。
当然、返品も利かない。
で、一部屋分の畳が無駄になっちゃったってわけ。
サイズが違うから、茶道部の部室とかに払い下げるわけにもいかないし。
結局この部屋に投げ込まれたまま……。
せっかくのい草の色も、すっかり色褪せちゃったってわけ。
ほんと、宝の持ち腐れってこのことよね。
そうでしょ、理事長?」
本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「結」 「岩城あけみ」
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。