放課後の向うがわⅡ-27

 縄を纏った女が2人。
 床には、畳が敷いてあった。
 2人は、その畳に座りこんでる。
 2人の間には柱が立ってて、その柱を挟むように向かい合ってる。
 ひとりの顔は、正面から見えた。
 思ったとおり、川上先生だった。
 想像だけしてた裸が、目の前にあった。
 思ってた以上のボリュームに驚いた。
 お腹の肉が括れを作ってる。
 もう1人の身体は、見事なほど引き締まってた。
 ときおりうねる背中に、筋肉が浮きあがる。
 アップにまとめた髪から、解れた髪がうなじに流れてる。
 同僚の教師に、こんな体型の持ち主は思い当たらない。
 と言って、生徒では絶対ない。
 成熟しきった大人の身体だった。
 誰なのか確かめたい。
 わたしは、危険も忘れて身を乗り出した。
 刹那……。
 川上先生が、高い声で鳴きながら、仰け反った。
 それに応えるように、もう1人が顔を傾けた。
 見えた。
 知ってる顔だった。

 考えてみれば……。
 もう1人が塔の主だってことは、ごく当然のことだったのよね。
 川上先生が、塔への鍵を持ってたわけも、これでわかった。
 でも、理事長には命令されることしか無かったせいか……。
 自分と同じ人間だって意識を、持ってなかったのかも。
 だから、裸を想像したこともなかった。
 これまで、天上から見下ろされてた人が、今、わたしの眼の前にいる。
 性欲を剥き出しにした、1人の雌として。
 激しい興奮が、わたしの脊髄を貫いた。
 下腹が捻られる。
 思わず、スカートの股間に拳を押しあてた。

 2人は、何かささやき交わしてた。
 でも、弦を引くような高音に、くぐもった鼻濁音が混じって、よく聞き取れない。
 もどかしかった。
 2人は、畳にひざまずき……。
 柱に取り付けられた何かを、両側から挟むように向き合ってる。
 柱を中心線にした鏡像みたいな格好ね。
 その柱に取り付けられた何かが、よく見えない。
 最近、近視が進んで、コンタクトが合わなくなってるの。
 声を聞きたいし、2人の姿をもっと近くで見たい。
 我慢できなかった。
 身を移せる場所は、さっきから目に入ってた。
 大きな姿見が、立ててあったの。
 そう。
 ここにある、この鏡よ。

 この姿見が、2人の方を向いて置かれてあったの。
 まるで、2人の舞台を見る観客席みたいに。
 あの裏側なら、隠れられる。
 そうは思ったけど……。
 なかなか踏み出せなかった。
 でも、とうとう好奇心が勝った。

 天上から下がる裸電球は、わざとワット数の小さい電球を使ってるとしか思えなかった。
 2人の舞台をほんのりと浮かびあがらせるだけで、壁際までは届いてない。
 わたしは、手に持ったパンプスを、幕の外に置いた。
 暗がりに揃えられたパンプスは……。
 なんだか、身投げする人が残したみたいに見えた。
 でも、そう思ったら、逆に度胸が座った。
 そう。
 この幕を抜けて、わたしは彼岸に渡るんだ。
 別の自分に変わるんだって。

 もう一度、2人の様子を確認する。
 声はすでにうわ言に近く、忘我の境地って感じだった。
 おそらく、お互いの目の中しか見えてないはず。
 わたしは、幕の裾から這い出した。
 そのまま、壁際に沿って移動する。
 2人と鏡を結ぶ線上の位置で止まり、90度方向を変える。
 鏡が作る死角に身を縮め、這い寄っていく。
 おそらく、こちらを注視されたら、身を隠し切れてはいないはず。
 でも、見られる心配は薄いようだった。
 2人は、眼球を鎖で繋がれたように見つめ合ってたから。

 ようやく、鏡の真裏に身を寄せた。
 大振りな鏡は、おそらくわたしの全身を隠してくれてる。
 わたしは、鏡の縁から、そっと顔を覗かせた。
 2人の姿が、間近に見えた。

 柱から突き出てるものの正体が、ようやくわかった。
 それは、わたしの想像を超えた、最低に下品な代物だった。

 張り型だったのよ。
 わかる?
 勃起した陰茎を象った作り物。
 安っぽい肌色の質感が、よけいに淫猥に見えた。
 バイブみたいな棒型じゃなくて、陰嚢を模した平らな基部を持ってる。
 立てておけるのね。
 その基部が柱に密着し、陰茎は水平におっ勃ってる。
 もちろん、柱に括りつけられてるわけ。
 それがまた、白い布でね。
 まるで、褌を絞めたみたい。
 褌の脇から、ちんぽを突き出した変態男。
 その陰茎を、一生懸命2人で舐めてるの。

 理事長は、張り型に舌先を這わせてる。
 陰茎の肌には、誇張された血管が巡ってる。
 浮き出た血管を舌が乗り越えるたび、舌体がビラビラと震える。
 陰唇みたい。
 女の口が性器だってことが、まざまざとわかる。
 川上先生は、舌先で亀頭をなぞってる。
 張り出したカリ首を、愛おしむように。
 わたしはエラの張ったカリが好きなんですって、一生懸命舌が言ってた。


 ここまで近づくと、2人の声もはっきり聞こえた。
 はしたなくて、イヤらしい雌同士の会話。

「理事長先生……。
 頬張りたい。
 お口いっぱいに」
「ダメよ……。
 お預けって言われてるでしょ。
 舐めるだけって」
「欲しいの……。
 ノドの奥まで」
「あぁ……。
 そんなこと言わないで。
 わたしも欲しくなっちゃう。
 このカリで、おまんこの襞を研ぎ下ろされたら……。
 どんなにいいでしょう」

 聞いてるほうが、おかしくなりそうだった。
 わたしは、スカートの上から、拳を股間に押し当てた。
 太腿に力を籠めると、お汁が滲むのがわかった。

「理事長先生、もう我慢出来ない。
 お口に欲しいの」


「ダメダメ。
 叱られるわ」
「ちょっとだけ。
 だって、ほったらかしにするあの方が悪いのよ」
「もうすぐよ。
 もうすぐ戻ってらして、お預けを解いてくださるわ」

 この会話で、わたしは総身に水を浴びたように震えあがった。
 どうして気づかなかったんだろう。
 目の前の2人は、どちらも後ろ手に縛られてる。
 ひとりがもうひとりを縛ることは出来ても……。
 残された1人は、自分自身を縛れない。
 つまり、もう1人いたのよ。
 この2人を縛った誰かが。
 わたしは床に突っ伏し、身を縮めた。
 その誰かに、真後ろから襲われそうな気がした。

 ここから、逃げなければ。
 もう一度、2人の視線を確かめる。
 陰茎を舐めあがった理事長も、舌先を亀頭に這わせてた。
 2人の女は向かい合い、舌先を炎のようにちらつかせてる。

 こっちは見えてない。
 身を翻すタイミングを図る。

「まだなの?
 まだお姉さまはお戻りにならないの?」
「ほんとに遅いわねぇ」

 わたしは、反転しかけた身を止めた。
 お姉さま?
 ということは、第3の人物は女性だ。
 しかも、“あの方”という言葉を使うからには、それもひとり。
 そうであれば、さほど恐れることはないではないか。
 ここにいる2人は、後ろ手に縛られ、戦力にはならない。
 もうひとり現れたとしても、実際には一対一だ。
 逃げる隙はあるはず。
 それに……。
 この2人を縛った“女性”を、どうしても見届けたかった。
 わたしは、反転させかけた身を戻し、再び鏡の後ろにうずくまった。

「ゆうちゃんにちょうだい。
 このおちんちん、ちょうだい。
 ゆうちゃん、お口一杯に頬張りたいの」
「またそんな赤ちゃん言葉使って。
 ずるい子ね。
 その甘ったれ声で、お姉さまに気に入られようとしてるのね」
「そんなことしてません。
 どうしてそんなこと言うの?
 おかしいわ」
「そうなの。
 あの方が現れてから……。
 頭の中が、大混乱。
 ゆうちゃんが、ハーネスを付けたあの方に犯されてるとこ見ると……。
 悲しくて切なくて、涙がボロボロ出るのに……。
 下のお口からも、お汁がどんどん溢れてくる。
 わかる?
 この気持」
「すごくわかる」
「うそうそ」
「わかるもん」
「じゃ、今日は、わたしがお姉さまに犯されてもいい?」
「いや。
 理事長先生のそんな姿、見たくない」
「“理事長先生”は、やめて。
 そんな偉そうな肩書きで崇められる日常が、ほんとは好きじゃなかった。
 あの方が現れてから、それがはっきりわかったの」

「あの方に命令されると、嬉しくて仕方ないの。
 ご褒美に、足の指をしゃぶらせていただくのが、至福のとき」
「理事長先生……」
「だから、それはやめて。
 名前で呼んで。
 結(ゆい)って」
「ゆい?」
「そうよ。
 ゆうとゆい。
 まるで、双子の姉妹みたい」
「双子?」
「そう。
 2人は、羊水の中にいるときから、裸で寄り添ってたの」
「そして今も?」
「そうよ。
 だから今も、2人とも裸」
「でも、ゆうは、威厳のある理事長先生が好きなのに」
「2人だけのときは、これからもそうしてあげる。
 でも、あの方の前では、双子の姉妹にさせて」
「ゆいとゆう?」
「そう。
 ゆうとゆい」
「わかった」
「じゃ、いいでしょ?
 今日は、わたしが犯される番。
 ゆうに見つめられながら……。
 欲しいままに犯されたいの。
 あぁ。
 まだかしら。
 もう、我慢出来ないわ」
「どうする気?」
「このディルドゥを、あの方がハーネスに装着するまで待てないの。
 今、欲しいの」

 理事長は、その場に起ちあがった。
 後ろ手に縛られた身体が、よろめいた。
 脚が痺れたというより……。
 ささやき交わした睦言のせいで、腰が抜けそうなほど興奮してるのがわかった。
 股間から垂れ零した液体で、ナメクジが這ったような筋が、太腿を伝っていた。

「見て。
 ゆいが後ろから犯されるとこ」

 理事長は、腰をかがめながら顔をひねり、川上先生を見上げた。

「ダメよ。
 叱られるわ」
「叱られてもいいの。
 いいえ。
 叱られたいの。
 罰されたいの」


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


ななこ×緊縛桟敷 Twitter応募モデル

ななこ杉浦則夫緊縛桟敷にて掲載開始。
Twitterからの応募モデルです。緊縛経験あり、32歳とあった。写真をとりよせるとおおがらな熟女、そこはかな廃退感がある。これを引き出せることができれば撮影は成功すると1週間後の撮影を依頼する。早朝の六本木アマンド前に待ち合わせる。私の風姿を伝えてあったせいで先方から見つけてくれる、黒いスーツのいでたちのせいか期待した熟女の崩れた感じはなく、むしろミッドタウンのに勤めるお固いOLだ、だがみちみち二言三言会話をしてみると、ななこは緊張のせいもあってか早口でつまりぎみに会話をする、その声でまずは人の善さを感じ言葉の語尾にどこか崩れた女を感じた。六本木スタジオの小部屋には庭からの薄明かりがあるばかりだが健康的な日光がさす光よりも、むしろこのコントラストのほうが今日のテーマにそった光であった。胸縄に縛られたななこのセーターを首からぐいと引きむくと、胸のたにまの白い肌がのぞき、ななこの驚きの呻きが陵辱を期待する女の呻きと聞こえ、この女のはてる姿を期待する。熟れた太もものつけねに淫らな陰部がクレバスのように割れて恥毛からくっきりと影をつくり延びる、のけぞる大きな尻、好色を知りつくした臭いがたちのぼる。腰縄がぐいと尻を持ち上げ濡れたクレバスを開く、ななこはこの荒々しさに対応できなく身悶え喘ぎ汗ばんだ顔をそむける。
いつもは軽々と持ち上がる奈加氏の吊り縄が今日は持ち上がらない、下にもぐりこみ台になったスタッフの腰も上がらない、ななこはそれほど重いのです。やっと吊り上がるが形がとれない、ふんとうする奈加氏、縄のバランスを整えやっと吊りをつくるがどうも変だ、ななこの作るポーズはどこかいつもと違う、そのぶんダイナミックなエロチズムを引き出すことができた。

この日は私も疲れた、だが面白い一日であった


ななこ杉浦則夫緊縛桟敷にて掲載開始。

放課後の向うがわⅡ-26

 わくわくしながら、その日を待ったわ。
 セピア色だった女子高の日常が、鮮やかな色に輝き出した。
 で、ある週末の放課後。
 川上先生の様子に異変を感じた。
 わたしは、折りたたみの手鏡を机に置いて、ずっと先生を観察してたの。
 だから、小さな変化も見逃さなかった。
 それほど忙しい時期でもないのに、居残ってるし……。
 と言って、仕事をしてるふうでも無い。
 ノートパソコンに向かいながらも、心ここにあらずって感じね。
 何かあるって思ったわ。

 外が暗くなりかけたころ……。
 川上先生がパソを落とし、起ちあがった。
 まばらに残る同僚に、『お先に』の言葉を残して扉を出てった。
 先生の足音が聞こえなくなるまで待ち、わたしも席を立った。
 廊下に出ると、もう先生の姿は見えなかった。
 もし、わたしの思い違いで、先生が真っ直ぐに帰ったんなら……。
 それはそれで仕方ない。
 次の機会を待てばいい。
 わたしは、躊躇なく塔に向かった。
 曲がり角ごとに、そっと覗くんだけど……。
 先生の姿は見えない。
 やっぱり今日は外れかと思いつつ、最後の角から顔を覗かせたら……。
 遠い扉の前に、背中が見えた。
 見間違えようのない、白いブラウス。
 わたしは、慌てて顔を引っこめた。
 振り向かれたらヤバいもんね。
 遠くで扉の閉まる音を確かめ、扉に続く廊下に踏み出した。
 もう、そこには誰の姿も無かった。
 でも、さっきの背中が、扉の向こうに消えたことは間違いない。
 その扉のほかに、行き場は無いんだから。
 わたしは、足音を殺しながら、扉に駆け寄った。
 なんだか、身体がフワフワと軽くて、宙を飛んでるように思えた。
 夢の中にいるみたい。
 扉の前で立ち止まって初めて……。
 自分の心臓が、早鐘みたいに鳴ってるのがわかった。
 2,3度深呼吸して、ノブに手を掛ける。
 開かない。
 やっぱり、向こうからロックしたのね。
 もちろん、これは想定内。
 わたしは、ポケットから合鍵を取り出し、ノブの鍵穴に挿しこんだ。
 指に伝わる手応えを感じながら、鍵を回す。
 くぐもった金属音を響かせて、鍵は180度回った。
 でも、なかなか扉を開く勇気が出ない。
 この扉を入ったら、もう後戻りできない。
 そんな気がしたの。
 だけど、そのまま引き返す気なんて、もちろん無かった。
 気づくと、握ったノブが、わたしの手の温度と同じになってた。
 校舎の外で、カラスが鳴いた。
 わたしには、それが合図だった。
 ドアノブを回し、押し開く。

 考えてみれば……。
 塔に入ったのは、竣工パーティ以来かも。
 建築中は、毎日のように通ってたのにね。
 でも、目の前に開けたホールは、記憶にあるままだった。
 まるで、ここだけ時が止まってたみたい。
 夕暮れの、がらんと静まり返ったホール。
 もちろん、明かりは灯されてない。
 ステンドグラスから差しこむ光が、床に綺麗な模様を描いてる。

 わたしは、もう一度復唱する。
 ここに入ったのは、川上先生を見かけて、不思議に思ったから。
 扉には、鍵がかかってなかった。
 うなずきながら、扉を振り返る。
 でもそれなら……。
 わたしがここをロックしたら、ヘンかな?
 だけど、開けっ放しにしておくのは、どうしても不安だった。
 わたしと同じように、ここに入りこむ人物がいないとも限らない。
 背後から、誰かがつけてくる……。
 その妄想だけは振り切りたかった。
 ラッチを回し、扉をロックする。
 無意識にロックしたんだと、自分に言い聞かせながら。
 でも、ノブを掴み、開かないことを確認すると……。
 逆に、度胸が座った。
 この先、鬼が出るか蛇が出るか……。
 見届けてやりましょう、ってね。

 ホールの空気は、しんと静まり返って、人のいる気配がない。
 それなら、川上先生はどこに消えたのか。
 2階しか考えられなかった。
 わたしは、華奢な階段に向けて歩き出した。
 吹き抜けの高いホールに、ヒール音が木霊する。

 階段から見下ろす景色は、夢で見た記憶のように綺麗だった。
 ステンドグラスを透いた細長い影が、床に幾本も絵画を描いてる。
 わたしは思わず立ち止まり、胸ポケットからカメラを取り出した。
 川上先生を監視するようになってから、カメラは常時持ち歩くようにしてるの。
 どんなネタが撮れるかわからないものね。

 カメラを構えると、細い手すりに両腕を載せて固定する。
 液晶を覗きながら、ホールの全景を収める。
 小さなシャッター音が響いた。
 写真を撮るのは、わたしにとって、おまじないのひとつなのよ。
 緊張してるときとか、不安になったときに撮るの。
 カメラを構えるってのは、そのシーンで第3者になる儀式なわけ。
 当事者の立場じゃなくてね。
 だから、客観的になれるんじゃないかな。
 美里も、大学受験のときとか、やってごらん。
 試験場のまわりとか、受験生の表情。
 シャッター押さなくても、覗くだけでもいいのよ。
 はは。
 また、脱線ね。
 でも、勉強になったでしょ?

 階段を上りきったところで、ホールを背にした。
 正面の理事長室まで、綺麗な遠近法で真っ白い廊下が伸びてる。
 左右に、いくつかの扉。
 川上先生は、そのどれかに入ったに違いない。

 廊下を歩き始めると、思いのほか靴音が響いた。
 パンプス、脱いじゃおうかと思ったけど……。
 そんな姿を見られたら、言い訳のしようが無いし。
 懸命に足音を忍ばせて進んだ。
 扉の前では足を止め、中の気配を伺った。
 でも、何も聞こえない。
 気配もしない。
 理事長室の扉が、真正面に迫ってくる。
 今にもそれが開き……。
 わたしを糾弾する指が突きつけられる。
 そんな妄想がちらつき始めたころ……。
 聞こえた。
 声。
 女の人の声。
 言ってる言葉までは聞き取れなかったけど……。
 日常会話じゃないってことは、はっきりとわかった。
 粘るような甘ったるいトーンが、ところどころ跳ねあがる。
 2種類の声が交差し、重なってる。
 わたしは、声の漏れてる扉に擦り寄った。
 それがこの、理事会室だった。

 この部屋の工事は、途中で放棄されたはず。
 立ち会ったわたしは、その経緯を知ってる。
 その後、工事が再開された話なんて聞かない。
 それならどうして、その部屋から声が聞こえるのか?
 逃げ出したい恐怖に、好奇心が勝った。

 鍵穴を覗いたけど、何も見えない。
 扉に耳を着ける。
 声は、部屋の奥からのようだった。
 耳を着けても聞き取れない。
 ぷつぷつと粒を潰すような響きに、ときどき裏返った高音が伸びあがる。
 我慢できず、ドアノブに手を掛けた。
 鍵が掛かってなかったことに気づいたのは、扉が開いてからだった。
 でも、この事実に、わたしは意を強くした。
 だって、ここに鍵が掛かってないってことは……。
 塔の入口に鍵を掛けただけで、事足りるってこと。
 つまり、塔の中には、この部屋の声の主しかいないってことじゃない?
 それなら、背後から誰かが現れる心配は、もうしなくていい。
 わたしは、扉の隙間を少しずつ広げていった。

 まだ外は暮れ切ってないはずなのに、扉の中は夜のように暗かった。
 窓に打ちつけられた横板のせいだってわかったのは、後になってから。
 そう言えば、おととしだったかの台風のとき……。
 塔の窓を、大急ぎで塞がせたことがあったの。
 外から塞ぐのは無理だから、内側から塞いだわけ。
 割れたガラスが散乱しないように。
 台風のあと、ほかの部屋の板は外されたようだけど……。
 ここだけは、そのままにされたみたいね。
 ま、倉庫代わりに使うんなら……。
 光が入らない方が、収納物が日焼けする心配も無いわけだし。

 扉の隙間から、中を伺う。
 聞こえる声は、少し大きくなったけど……。
 聞き分けるには、まだ遠かった。
 声の主は、扉からは離れた位置にいるようだった。
 目が慣れると、部屋は真っ暗じゃなくて、遠くから微かな光が差してるのがわかった。
 声の主は、きっとその光源付近にいるに違いない。
 扉からわたしが入っても、声の主は気づかないだろう。
 そう思ったけど、なかなか踏み出せない。

 じっと耳を澄ます。
 声は、ときおり重なるようだった。
 明らかに、2種類。
 中にいるのは2人。
 2人とも女性であることは間違いない。
 ひとりはおそらく、忽然と消えた川上先生。
 なら、もう1人は?
 好奇心を抑えきれなくなった。
 思い切って、扉の隙間を擦り抜ける。
 咎められたらどうしようかと思ったけど……。
 使われてないはずの部屋で声が聞こえたから入ってみたって、開き直る覚悟だった。
 もう、後戻りは出来ない。

 ドアは、開けたままにしておくことにした。
 閉めるとき音がしそうだったし……。
 逃げ道を確保しておくためもあった。
 扉に鍵が掛かってなかったんだから、第三者が扉から入ってくる危険も無いだろうし。

 ようやく一人歩きを始めた子供みたいに、恐る恐るドアノブから手を離す。
 声の聞こえる方へ、身体を向ける。
 床材をほんのりと浮かびあがらせる光も、その方向から漏れてるのがわかった。
 部屋の奥だった。
 でも、人影は見えない。
 わたしの視線は、不思議な材質の幕に遮られてた。
 声の主は、その幕の向こうにいる。
 踏み出そうとする脚が、震えてるのに気づいた。
 足音を殺す自信が無かった。
 思い切ってパンプスを脱ぐ。
 逃げる用心のために、パンプスは手に持った。
 もう、言い訳も出来ない格好ね。

 ストッキングを滑らせるようにして床を進む。
 木製の床は、能舞台を思わせた。
 薪の火だけが、舞台を照らす。
 一歩踏み出すごとに、鼓の音が聞こえるようだった。
 でも、数歩進んだところで、能役者の脚がすくんだ。
 幕の向こうから、バイオリンの弦を引くような高音が伸びてきた。
 わたしのすぐ脇をすり抜けてった声は、日常会話では有り得ない音色だった。
 その高音に、粘り気を帯びた声が重なる。
 引き伸ばした飴に、濃厚なシロップが絡むみたい。
 ようやく確信した。
 2つの声は、明らかに睦言だ。
 下腹が痛くなった。
 膝が震える。
 幕が降りたまま、舞台ではとんでもない劇が演じられてるに違いない。

 ようやく幕までたどり着いた。
 不思議な材質に見えた幕が、ブルーシートだってわかったのもこのとき。
 そこまで近づくと、声ははっきりと聞こえた。
 でも、声はもう、意味のある言葉を発してなかった。
 明らかに、佳境に入った声。

 シートの裾からは、光が漏れてる。
 光源に照らされた舞台を、早く見たかった。
 わたしは、ブルーシートを見回し、覗ける場所が無いか探した。
 シートは、中央部で重なってた。
 そこを開けば見えるだろうけど、幕の真ん中から顔を出すわけにはいかない。
 わたしは、下手に回った。
 壁面に、光が漏れてる。
 幕の側面が、壁に沿って揺らいでる。
 そのあたりは光源から遠いようで、漏れる光も弱かった。
 ここから覗けば、中の2人には気付かれないはず。
 でも、高い位置からシートを捲るのは憚られた。
 わたしは、その場にひざまずいた。
 シートの側面に手を掛ける。
 わたしの手が触れると、シートが震えた。
 もちろん、わたしの指が震えてたから。
 僅かにシートを開くと、黄色い光が、スカートに差した。
 その状態で、声に耳を澄ます。
 気取られてないことを確信すると、少しずつシートを捲ってく。
 身を壁に目一杯寄せ、頬を壁に着けながら、隙間に顔を差し入れた。
 光源を、右頬に感じた。
 光に視線を向ける。
 そこには、裸電球の光源と……。
 2つの声の音源があった。


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


村上涼子×緊縛桟敷 撮影会編

村上涼子杉浦則夫緊縛桟敷にて掲載開始。
今週は五週目特別更新ということで、前々回の撮影会村上涼子さんの原稿が公開されました!
午前の部がワンピースで午後の部が和服という構成でした。
豊満な肉体の涼子さんに既製の和服は前回りを合わせるのがとても無理がありましたがなんとか着ていただきました。

最初のショットは参加者のカメラの露出の調整のために緊縛しない静かに座る涼子さんの姿を撮りました。
このショットが涼子さんにとってとても自然で、微笑する顔の色っぽさにはフアンならずも引き込まれる想いをいだく。
長い芸歴のうちでも緊縛撮影会は初めて、多くの参加者(フアン)の前で彼らを堪能させることができるか、トップクラスのAV女優のプライドもプレッシャーとなり大変な緊張の始まりであった。

陵辱感にうちのめされた屈辱、羞恥に身をこわばらせる女の哀しさ、それをこの豊満な肉体で表現しようと撮影前に話したのが、素直な彼女にとつてはプレッシャーで、縄がかかるや緊張で顔がこわばってしまった。
何んとかそれをほぐそうとするのであったが泥沼に入るばかりで、涼子は焦りと困惑で涙を流すはめにおちいった。この肉体に縄がくい込むや整形術をほどこすように肉体を美しく仕上げていく、ここに緊縛の妙がある。ラストは奈加氏の懐に抱き抱えられておおなき泣きしてしまった。
むずかしい心のあやをやりとげた充足の涙と受け止める


村上涼子杉浦則夫緊縛桟敷にて掲載開始。