その人は、梁を支える柱を背にしてた。
真っ直ぐに立ってれば、十字架にかかるキリストに見えたかも知れない。
でも、その人は、床を踏んではいなかった。
柱の中ほどの宙に、吊り下げられてたから。
キリストのような、腰の覆いもなく……。
全裸で。
しかも、直立姿勢じゃない。
大きく開いた両腿は、斜め上を指してる。
両膝に縄が掛かってて、上から吊られてるの。
膝から下は、真下に降りてる。
いわゆる、M字開脚ってやつよね。
股間は、剥き拡げられてるんだけど……。
性器は見えなかった。
臍下を回る横縄から、幾本も束ねられた縦縄が下り、性器から肛門までを覆ってる。
でも、陰毛だけは隠しようがない。
縦縄から覗く大陰唇に、翳のような薄い陰毛が烟ってた。
両腕は、理事長と同じく、背中で束ねられてるみたいだった。
幾本もの縄が、乳房を上下から潰してる。
理事長のよりも、ひと回り大振りな乳房だった。
鎖骨のすぐ下から、膨らみが始まってる。
だから、乳房の上に掛かる縄は、傾斜の途中を押しつぶす形で回ってる。
そんな姿を晒しながら、その人は、身動きひとつしない。
足先の力が抜け、爪先が床を指してぶら下がってる。
その人が意識を持ってないことは、誰の目にも明らかだった。
でも、肌の色は艶やかに輝き、腹部が僅かに起伏してた。
命を保ってることも、また明らかだった。
柱に凭れた顔では、両目が閉じられてた。
開いた時の大きさが想像できる、長い眼尻だった。
睫毛の半分を、黒髪が覆ってる。
それでも、誰かはわからない。
その人の口も、布で覆われてたから。
「誰だかわかる?」
首を振るしかなかった。
でも、とうてい生徒には見えなかった。
豊かな肉付きは、成熟した大人の女性を思わせた。
「それじゃ、ご披露しましょうね」
先生はパンプスを脱ぐと、畳にあがった。
柱に近づく。
先生の息が届くほど近づいても、その人の目蓋は閉じられたままだった。
「よく眠ってる。
まだ薬が効いてるのね。
体質かしら。
理事長は、先に醒めちゃったのに。
あ、でも、この姿勢もあるのかな。
なんか、後ろから抱っこされてるみたいに見えない?
小さいころ、こんなふうに抱っこされて、道端でおしっこしたっけな。
安心する姿勢なのかも知れないわね。
でもやっぱ、大人がすると、イヤらしさ満々よね」
先生は、その人に顔を近づけると、身体のカーブに沿って鼻先を動かした。
「いい匂い。
雌の匂いってやつね。
牡が嗅いだら、速効でおっ起つわ」
先生は、その人の後ろに回った。
先生の両手が、髪の後ろで動いてる。
すぐに、白い布地が緩んだ。
でも、柱と頭の間に挟まってるのか、布地は落ちなかった。
先生は、その人の横に身を移した。
片手は、布地を握ったまま。
「それじゃ……。
ご開帳」
白い布地は、プラナリアのように宙を泳ぎ去った。
その人のすべてが、電球の下に曝された。
「もうわかったでしょ?
誰だか」
現れた唇は、少し開いてた。
その唇の形を、わたしは知ってた。
授業中、ずっとそこを見てたから。
その唇から、綺麗な英単語が、音符のように零れるのを。
そう。
その人はまさしく、わたしが憧れてた、英語の川上先生だった。
川上先生は……。
生徒に人気のある先生だった。
授業が終わった後も、ノートを持った生徒が教卓を囲み、なかなか帰してもらえなかった。
転入したばかりのわたしには、それを見てることしか出来なかったけど。
だから、川上先生と直接言葉を交わしたこともない。
でも、憧れてた。
ていうか……。
はっきり言って、好きだった。
その川上先生が、目の前にいる。
しかも、全裸で吊られて。
わたしは、肛門を引き絞った。
お腹が痛くなるほど動揺してた。
「可愛い先生よね。
美里も好きなんでしょ?
わたしも昔は、このくらい可愛かったんだけどな。
さすがに今は、対抗できないけど。
でも、ほんと……。
庇護してあげたくなる雰囲気よね。
男が放っておかないでしょうに。
それが、なんで山の中の女子高教師なんかになったのか。
ずっと不思議だった。
でも、最近になってわかったのよ。
この綺麗な顔、綺麗な身体が、女しか愛せないってことを。
つまり、レズビアンってこと。
女子高にレズビアン教師ってのは、笑っちゃうシチュだけど……。
いるのよね、やっぱり。
でもほんと……。
ノーマルな女性でも、この顔見てたら、変な気起きるかも」
川上先生は、両目蓋を閉じたままだった。
眼尻は、頬を覆う髪に隠れてる。
大きな眼だった。
開いてるときは、いつも潤んでるように見えた。
生徒からは、“嘆き姫”なんて呼ばれてた。
宿題を忘れたときなんか、あの大きな瞳が悲しそうに潤むと……。
自分が、とんでもない大罪を犯したように思えるんだって。
「でも、ほんとに素晴らしい身体。
着痩せするタイプなのね。
顔が小さいからかしら。
こんなにボリュームがあったとは意外よね」
わたしは、思わずうなずきそうになった。
決して、太ってるわけじゃない。
でも、女らしい脂肪が、みっちりと着いて……。
お臍の下を渡る縄で、肉が括れてる。
「苛めたくなる身体って云うのかしら。
縛ってるときは、マジで興奮したわ。
男になった気分」
あけみ先生は、両手を腰の後ろに回し、川上先生の周りを巡った。
まるで、美術品を鑑賞するようだった。
「オブジェみたいよね。
だけど、限りなくイヤらしいオブジェ。
美術の授業で、これをデッサンしなさいなんて課題が出たら、どうなるかしら?
ま、男の子なら、我慢できなくなるでしょうね。
わたしでも、ヘンな気分になるもの。
この身体の前に立つと……。
わたしのクリがペニスに変わって、精子出すんじゃないかって思うほど。
綺麗だろうなぁ。
この身体に精子がかかったら。
練乳みたいな白い鞭が、この肌を縦横に打つの。
あぁ、興奮してきた」
あけみ先生は、ゆっくりと上体を折った。
視線の先は、川上先生の顔から胸に移った。
あけみ先生は、身を屈めたまま、川上先生の乳房を凝視してる。
正確に云うと、乳房の中央から突き出た、乳首ね。
女のわたしが見ても、吸い付きたくなるような乳首だった。
ほら、高校生くらいだと、乳房は発達しても……。
乳首が、乳輪に陥没してるみたいな子っているでしょ。
でも、川上先生のは違った。
まさしく、大人の乳首って云うのかな。
烟るような薄い乳輪の上に、トッピングみたいに、球形の乳首が載ってる。
ベリーの実みたいだった。
唇に含んだら、きっと丁度いい大きさよね。
あけみ先生の口元が、その実を頬張りそうに近づいた。
鼻翼がはためいてた。
匂いを嗅いでるのね。
離れてても、川上先生の身体は香ってた。
もちろん、香水とかの匂いもあるんだろうけど……。
その奥から、もっと濃厚な匂いが噴きあげてるようだった。
そう。
まるで、森の奥から、百合の香りが漂ってくるみたいに。
あけみ先生は、夢見るように目蓋を閉じた。
鼻翼をはためかせながら、顔が小刻みに振れ始めた。
いつの間にか、あけみ先生の片手は、自らの股間に回ってた。
指先が、中心を練るように動いてる。
1本だけ立った小指が、宙に楕円を描いた。
「川上先生……。
廊下ですれ違うときも、教員室でお話するときも……。
いつもわたし、先生の裸を想像してましたのよ。
このスーツの下には、どんな裸が隠されてるのかって。
そして、その白い肌には、どんな形に縄を打ったらいいかって。
そう。
わたしの中で先生は、いつも裸だった。
その裸体にわたしは、自在に縄を打つ。
白い肌を戒める縄は、先生にとって唯一の正装。
先生はその姿で、教室の扉の前に立つの。
扉の向こうからは、生徒たちの笑い交わす声が聞こえてる。
わたしは先生の後ろに立ち、花嫁の介添人のように縄を整える。
縄の衣装は、上半身だけ。
歩いて登場してもらいたいから。
縄は、乳房を上下から挟み、両腕に巻き付いて後ろに回ってる。
背中で交差する手首の縄を確かめると、わたしは教室の引き戸を開く。
生徒の幾人かは、もう先生に気づいた。
先生は、僅かにためらった後、敷居を跨ぐ。
まるで、結界を踏み越すように。
全裸の先生が教室に入ると、生徒たちの笑い声は、一瞬にして消え去る。
この時間は、そうね。
保健の授業。
机や椅子は、すべて教室の後ろに押しやられ……。
生徒たちは、リノリウムの床に散らばってる。
保健の授業なのに、何が始まるんだろうって話してたんでしょうね。
さてそれでは……。
特別授業の開始よ」
わたしに背中を押され、川上先生は教室の中に歩み出した。
生徒たちは息を飲んで立ち竦んでる。
先生の素足が、リノリウムの床を踏む音まで聞こえそう。
先生が教室の中央まで進むと、近くにいた生徒は、波が引くように後ずさった。
その顔を見回しながら、わたしは厳かに語り出す。
「さて、みなさん。
今日の保健の時間は、特別授業を行います。
教師を務めるのは、わたくし、岩城あけみ。
ご存知のとおり、音楽の教師です。
なぜ、音楽教師が保健の授業を受け持つのか……。
それは聞かないでちょうだいね。
諸般の事情ってのがあるのよ。
さて、本日の授業内容は、『女体の神秘』です。
大事な授業ですよ。
みなさんがこれから成長し、子供を産み、そして育てていくためには……。
まず、自らの身体のことを、よく知らなくてはなりませんから。
わたしの授業では、教科書など使いませんよ。
薄っぺらな二次元の情報では、大切な事柄を伝えることは不可能ですから。
で、『女体の神秘』を語るためには……。
実際の女体を前にしなければならない。
もちろん、わたしが裸になってもいいんだけど……。
それじゃ、授業がやりにくい。
と言って、みなさんの誰かに裸になってもらうわけにもいかない。
誰かいる?
志願者。
わたし、みんなの役に立つなら、モデルになりますって人。
山下さん、あなたクラス委員よね。
どう?
あなた、みんなのために、それこそ一肌脱げる?
ダメ?
ほかの人は?
いない……、ようね。
ふふ。
何も、目を逸らさなくてもいいわよ。
ま、これは予想できたことですけど。
でも、人のために自らを投げ出すって精神は、わが学園の校訓でもあります。
今日の授業は、この校訓を教師が実践してみせる、という意義もあるの。
こうしてみなさんの目の前に、裸を晒している川上先生。
憧れてる人も、少なくないんじゃないかしら。
その先生が、みなさんのために、こうして自ら身を投げ出してくれてるわけ。
どう?
これが、わが校の校訓で謳われる“愛他の心”よ」
本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」
《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。