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放課後のむこうがわ 2
で、やっぱり……。
その後の展開が気になるじゃない?
好奇心が抑えられなくてさ。
2人の後を追って、校舎の角から覗いてみた。
でも、もう2人の姿は見えなかった。
角を曲がりこむと……。
木造校舎の表側だった。
生徒玄関みたいな、広い入口が見えた。
どうやら2人は、そこから中に入ってしまったみたい。
どうしようかと思ったけど……。
よく考えたら、遠慮することなんか無いのよね。
自分の学校なんだからさ。
もし、見つかって咎められたって……。
転校したばっかりで迷いました、で済むじゃない。
入口まで駆け寄ると、そっと中を覗いてみた。
誰もいなかった。
ていうか、人の気配がしないの。
平日の校内とは思えない。
やっぱりそこは生徒玄関らしくて、大きな木製の下駄箱が並んでた。
でも、靴が無いのよ。
古びた内履きは、ところどころに入ってるんだけど……。
外履きがひとつも無い。
ってことは、生徒はひとりも中にいないってこと?
まだ、部活が行われてる時間なのに。
そこで、ようやく気づいた。
この校舎は、今は使われて無いんじゃないかって。
だって、生徒が出入りしている校舎なら、下駄箱が空っぽなんてはず無いんだもの。
生徒が中にいる区画には、外履き。
下校した生徒の区画には、内履き。
どちらかの靴で、下駄箱は満たされてるはず。
でも、あの2人の靴さえ無いのは不思議よね。
ここから入ったってのは、思い違いなんだろうか……。
生徒玄関は、広い廊下に面していた。
廊下を隔てた正面の窓からは、中庭が見えた。
樹々が鬱蒼と繁って、ほしいままに枝を伸ばしてる。
窓から差す光が廊下に落ちて、窓枠の影を映してた。
廊下は、すっかり色の抜けた飴色。
床板に凹凸があるのか、そこここに光が浮いてた。
かすかに、油の匂いがした。
わたしは、思い切って廊下に上がった。
内履きのままここまで来ちゃったから……。
履き替える必要も無いし。
歩いた後ろを振り返ると、少しゴム底の跡が着いてたけどね。
廊下は、玄関前から左右に伸びてた。
向かって左手の先は、校長室や教員室が並んでそうな雰囲気だった。
廊下の突きあたりには、塗装の剥げた金属ラックに、掃除道具が下がってた。
そこから廊下は、中庭を囲むように折れてるらしい。
折れた先にはたぶん、教室が連なってたと思う。
わたしはそっち方向は選ばず、右手の廊下を目指した。
だって、教員室なんかのありそうな方には、行きたくないものね。
あの2人だって、きっと一緒よ。
向かって右手の先も、中庭を囲むように曲がりこんでるみたいだった。
でも、曲がり角の手前で、足が止まった。
声が聞こえたのよ。
間違いなくさっきの声。
ともみさんって呼ばれてた、他校の子。
「あけみ。
ほんとに似合ってる。
会うたびに、ますます似あってくるわ。
馴染んでくるっていうのかしら?」
わたしは、そっと角から覗いてみた。
驚いたわ。
手ぶらだったからいいけど、何か持ってたら落っことしてたかも知れない。
廊下の先は、ちょっと不思議な構造だった。
廊下の右手はずっと、下駄箱のあるコンクリート土間に面してるわけだけど……。
その土間が、廊下の突きあたりから、左に折れてるの。
つまり廊下は、中庭に曲がる手前で途切れてるわけ。
でもね、そこには木橋が掛かってたの。
コンクリートの川にかかる橋みたいな感じね。
橋を渡った先は……。
舞台みたいに見えた。
灰色の冷たい川が、客席と舞台を隔ててる。
2つの世界を繋ぐのは、花道みたいな木橋。
舞台の設定は、2階に続く広い階段だった。
ともみさんは、その階段の下で、背中を見せて立ってた。
あけみちゃんは、階段の手すりを支える柱の前で俯いてた。
両腕を、後ろに回してね。
制服の上腕から胸は、太いロープに戒められてた。
一瞬、何が起こったのかわからなかったわ。
あの親密そうに見えた2人の、ひとりが縛られてるんだもんね。
でも、その場の雰囲気からして、縛ったのはともみさんとしか思えない。
ともみさんは、ロープの張り具合を確かめるように、あけみちゃんの前を左右に歩き始めた。
ともみさんの背中越しに、階段脇が見通せた。
階段脇からずっと、中庭に面して土間コンクリートが続いてて……。
行き止まりは通用口みたいだった。
通用口は開いてた。
裏山の緑が、すぐそこに見えたわ。
ともみさんの靴音が、床板を鳴らしてた。
そこで、初めて気がついたの。
この2人の靴が、生徒玄関に無かったわけ。
2人とも、外履きのまま上がってたのよ。
どうやら、使われてない校舎って予感は、あたってたみたい。
人のいる気配が無かったしね。
空気が動いてない感じ。
「あけみ。
顔あげて」
ともみさんの声に、あけみちゃんの顎が上がった。
縋るような瞳が、ともみさんを見あげた。
「またそんな顔して。
ヤらしい顔。
すっかり気分出ちゃってるみたいね。
ちょっと縛っただけで、そんなになるんだから……。
驚いちゃうわ。
そういうのって……。
マゾって言うんだよ」
あけみちゃんの胸が、小刻みに起伏し始めた。
あけみちゃんの胸には、乳房を挟むように、ロープが上下に渡ってた。
紺ブレに、深い皺が寄ってた。
おそらく、あけみちゃんの腕には、縄目がついてたと思う。
はた目から見ても、きつい縛り方だった。
「どうしてほしいの?」
あけみちゃんは、小鼻を細かく震えさた。
泣き出す寸前みたいだった。
でも、戦慄いてるように見えた唇からは、思いがけない言葉が零れた。
「もっと……。
もっと縛って。
もっと……、もっときつく」
訴えるような言葉とともに、あけみちゃんの瞳から、涙が零れた。
「相変わらず変態ちゃんだね。
でも、ほんとに綺麗な顔。
涙が似合う顔よね。
男の子が見たら、イチコロじゃないの?
でも……。
そんな顔しながら、下の口からも涙を流してるなんて知ったら……。
きっと、人生に絶望しちゃうよ?
さぁて、今日は……。
どうしてやろうかな?」
そう言いながらともみさんは、再び歩き始めた。
あけみちゃんを見据えながら、右に左に。
あけみちゃんの目が、子犬のようにともみさんを追っていた。
第三話へ続く
文章 Mikiko
写真 杉浦則夫
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