投影 ~小林一美を求めて~ 礼服

第四章 、礼服

後になり、昭和55年中(正確には54年12月から)の小林一美の緊縛グラビアは、和服と洋服が偏ることなく発表されていた事を知るのだが、私の場合は、たまたま白い着物、朱色の振袖と和服先行であった。

記憶を整理すると、洋服の彼女と出会うのもさほど時間を置いていないはずなのだが、それだけ私には、強烈な印象だったのだろう。きっと、「花筐」を捲るたびに、彼女との濃密な時間を感じていたに違いない。ともあれ、「小林一美=和服」のイメージは固まっていた。
それだけに、洋服を着た小林一美の登場には、完全に不意を突かれたのだった。

彼女は、黒い礼服姿で現れる。

派手なコサージュからすると喪服ではないらしい。背後の闇に溶け込むような黒い礼服は、肌の白さを際立たせていた。はじめて目にしたパンスト姿は艶かしく、その薄い生地越しに、小林一美のあの吸い付くような柔肌を感じる事が出来た。
彼女は、吊られ開脚させられて、苦痛に、あるいは恥辱に顔を歪めている。浮き上がった肉体を遮るものはない。3次元空間を存分に使った縛り、それを切り撮った画像に、私は興奮するばかりであった。

和服同様、礼服姿の小林一美もまた、見事に縄を着こなしていた。
彼女の衣装棚が埋まっていくほどに、「肉体と縄は一体」という確信はますます深まっていく。

本屋ではなかった。
掲載誌は、雨上がりの空き地で発見した。友人宅へ続く抜け道に入る手前、見覚えのある雑誌が草むらに捨てられているのが見えた。表紙に小さな蝸牛がくっ付いていたのを、生々しく憶えている。
私は人目が無いのを確認すると、急いで中身を見る。濡れてヘロヘロになったページを、破れないように丁寧に捲ったところで、その小林一美を発見した。

開脚姿で吊られている事から、55年SMセレクト4月号掲載の「淫靡な書道」のほうであると思われる。

8月にも、「嗜虐の風が媚肉を擽る」というタイトルで、同じ礼服姿が掲載されている。バナナフェラが印象的で、これも強烈な印象を残した作品だが、こちらには吊られているカットは存在しない。

「淫靡な書道」では、小道具として配置された、彼女の自筆と思われる(あるいはそういう設定の)「松竹梅」と書かれた書道作品。そこには、「小林一美」と署名されている。一方の「嗜虐の風」に、「小林一美」なる署名が確認できるカットはないので、先にこちらのタイトルに出会っていたなら、あるいは「小林一美」は「小林一美」でなかったかもしれない。

ともかく。

私はそのセレクト誌を握り、友人宅とは反対方向へ歩き出した。 息が弾んだ。
そのように捨てられ、汚れてしまったものを、後生大事に持ちかえるなんて!

その頃、捨てられた自販機本を目にする機会は珍しくなかった。大半は、雨に濡れ日に焼け、ページも破れて本としての体裁を失っていたが、なかには捨てられて間もない、綺麗なままのものも見られた。それでも、手に取る気にはならない。本というより、やっぱり“ゴミ”に違いなかったからだ。
初めて拾ったエロ本が、セレクト誌。しかも彼女が掲載された号だった。その時はなんの不思議も感じなかったが、後年振り返り、つくづく奇跡的なめぐり合わせだと思った。

「今なら…」と考える。
もし、捨てられた小汚いエロ本に、小林一美の画像が掲載されていたら。

やはり持ち帰るだろうな。うん、これは断言してもいい。

投影 ~小林一美を求めて~ 振袖

第三章 、振袖

そういえば。

小林一美との衝撃的な出会いから少し後。中学のクラスの男子生徒の間で、エロ本(主に自販機本)の物々交換がちょっとした流行だった。校則を破り学校に持ち込んだ互いのエロ本を、一晩交換して楽しむというものだ。あくまで“等価交換”が条件で、“ブツ”を持たない者は他者のお宝を拝む事は出来ない、厳しいルールだった。なんらかの方法でエロ本を手に入れることの出来た奴が「大人」、そうでない奴が「子供」といった線引きをしていたのかもしれない。
私はその頃には、すでにSM雑誌のいくつかを手にしていたが、雑誌はその取引には向かないように思われた。手元に自販機本は一冊も無かったので、交換可能なものは「SM妖美写真集」のみとなる。

これぞ男の付き合いだ!見栄もある。
だがその犠牲として、ついに私の“秘蔵の書”は、悪友宅にお泊りさせられてしまうのだった。
「背に腹は変えられない」とはいえ、無事に戻ってくるかどうか、交換相手の退屈な自販機本をめくりながら、不安な夜をすごしたわけだが、翌朝同級生の「妖美」評は散々なものであった。
「全然“いやらしく”なかった」「何が良いのか分からない」
そうだよね。オレもどうかとは思ったけど、一応、裸の写真もあるし…と、必死でその場を取り繕う。
卑屈である。

二度と、決して、自身の嗜好を他人に明かさないと、強く心に誓った。

話を戻す。

当時は今と違い、成人向けの書籍といってもゾーニングされているわけでも、ビニール袋に入れられているわけでもなく、本屋で中身を自由に確認する事が出来た。そのおかげで、「妖美」の表紙を飾った「花筐」の白い和服とは別衣装の小林一美の存在を知った。同時にSM雑誌なるものを初めて手にする事になる。

朱色の振袖は、彼女が未成年であることを知らせている。SMファン昭和55年3月号の裏表紙、正座姿で縛られた彼女には、「恋虐の装い」というタイトルが付けられていた。
「白」着物以外の小林一美を発見!
それだけで、購入は決まった。写真集よりは格段に安価であったので、代金調達の為の親への嘘も小さなもので済んだ。

華やかな衣装。キラキラと輝いていた。
だが、私にとってそれは、小林一美が着ているからこその、である。長い袂の下にのぞき見える白足袋だけでも、充分にエロスを感じる事が出来た。やがて、徐々にその美しく隙の無い着付けが、自在に形を変え這い回る麻縄によって淫されていく。
祝いの、喜びの場でのみ着る事が許される晴れ着。だからこそ、無慈悲に剥ぎ取られた時の彼女の悲しみは、大きかったことだろう。そんな悲哀を覆い隠し、きつく抱きしめるように掛けられた麻縄だけが、彼女の救いに見える。

親が洋服ばかりだったので、私には和服そのものが「非日常」であった。見慣れぬ衣装は、秘密の嗜好にあふれた世界へ、侵入する為の“装置”となっている。
印刷された淫靡へ跳ぶ事が出来れば、あとは彼女を包んだ美しい布を、一枚一枚じっくりと脱がしていけば良い。遠慮はしない。そこではもはや、和服は特別なものではなく、縄を引き立てる、ただそれだけの役割なのだから。
彼女の柔肌が露出するほどに「非日常」が「日常」へと降りてくる。
その幻想の隙間で、私は小林一美と戯れるのだ。麻縄によって自由を奪われた彼女に、それを拒む事は出来ない。

和服緊縛としては、この他に、黄色の着物「縄花一輪」がある。
比較的早い時期、別タイトルのモノクロ作品に、「白」でも「朱」でもない、別な和服を発見した。だが、その色が黄色であったと判るのは、古本屋巡りが始まる高校時代を待たねばならない。
なぜなら、「縄花」は54年別冊SMファン12月号に掲載されたもので、年が明け、小林一美という女を知った時には、すでになじみの本屋で求める事は適わなかったからである。

投影 ~小林一美を求めて~ 出会い

第二章 、出会い

昭和55年、寒い日。
その時の事をはっきり憶えている。中学生だった私は、下校途中に寄り道した本屋で彼女「小林一美」と出会った。

雑誌SMクラブの増刊号として発刊された写真集だった。もちろん、この時はSM雑誌の存在は知らない。
その表紙には、小林一美が掲載されていた。
美しい年上の女。それまで、日常生活において、あるいはテレビや雑誌を通しても見たことの無い、影のある女の表情。白の着物に掛けられた麻縄が鈍い光を放っていた。裏表紙を見て彼女が後手に縛られているのを理解した。
開く。

巻頭グラビアに「花筐」とあった。笑顔はない。縛られた女は、身をくねらせながら顔を歪めていた。

薄暗く狭い店内で、大雑把に区分けされた陳列だったが、私の目はその写真に釘付けになる。タイトルの“SM”が何を意味するのか、まだわからない。それでも“妖美”の意味は、表紙全体からぼんやりと理解できた。
「綺麗な女が縛られている」姿に、胸は高鳴り、熱いものが込み上げてくる。はじめての感情だった。

理由がある。
彼女に魅入られたのは、小学校時代の担任の女教師に似ていたのだ。

やぼったい容姿の女教師が多かった当時、その先生は珍しく都会的で美しい人であった。
きっと恋していたのだ。密かに…私は彼女をモデルにした緊縛姿をいくつも描いた。夢中で!
緊縛という言葉が在る事を知る遥か以前である。
もちろん、麻縄で縛るという知識はない。絵の中で彼女を縛っていたのは、縄の代わりに蛇であった。何匹もの蛇が、担任教師の肢体に絡みつき彼女の自由を奪っている。苦悶の表情を浮かべる女教師。もやもやした“何か”が生まれ、育っていた。
子供ながらに、その絵は「誰にも見られてはいけない」と知っている。ノートに描いては消し、消しては破り捨てた。

捨て去ったはずの、私のかつての妄想が、突然目の前に蘇ったのだ。あっという間に、心が小林一美に侵食されていく。

表紙から、彼女の匂いがした。

たぶん、参考書や文具の購入を偽ったり「よからぬ方法」で、親からお金をせしめたのだと思う。
店番がオバさんである間は、さすがに購入が躊躇われた。店主であると思われるオヤジに交代したのを見計らって、代金と共に写真集を差し出す。顔を上げる事は出来ない。心臓の音が店中に鳴り響いていた。それでも、あの時のドキドキは禁断の書を購入するスリルよりも、恋焦がれる彼女とのデートを心待ちにし、眠れぬ前夜の胸の高鳴りに近かったのではないか。
店主は、薄い紙袋に写真集を入れると、少年にそれを渡した。私は彼女を大切に抱きしめながら再び家へと向かう。小走りであった。

…それにしても、店主はよくぞ、見るから未成年の私にそのテの本を売ってくれたものだ。今考えるよりも、ずっとのどかな時代だったのかもしれない。

投影 ~小林一美を求めて~ 魔性

第一章 、魔性

“彼女”と出会ってちょうど30年。

私は、見知らぬ女と透け下着姿で絡む彼女を見ている。デビューして間もない頃かしら?心なしか硬い表情。「マンパック」というタイトルの自販機本だった。

見返しに掲載されている名前は「阿部美知子」、表紙には「美智子」とある。どちらかが誤植と思われた。

幾つ目の名前だろう?

「高橋弘美」「高橋幸恵」「小林一美」、「小林弘美」も見た気がする。「笠井はるか」「原泰子」「水木真理」「花月愛子」「加納恭子」、そして「阿部美知(智)子」…まだあったかもしれない。

緊縛グラビアを通じて知り合った同好の士の間では、「高橋弘美」が一番通っているが、私の中では「小林一美」のほうが馴染み良い。数ある名前の中で、なぜその名前が刷り込まれたか、心当たりはあるのだが、それが正解かどうかは不明である。

そんな彼女の古い本。つい最近、入手した一冊だ。(参考 マンパック画像)

まさか縄無し、しかもレズもののタイトルを手にすることになろうとは…いや、そもそもそんな彼女の作品が存在している事自体、全く想像していなかった。初めて見る「小林一美」に感動しながらも、どこか間の抜けた緊張感のない裸体に戸惑っている。

実はこれより少し前、同出版社の彼女の非・緊縛の単体本を購入していたが、やはり、カメラ目線で微笑む彼女に、不自然さを覚えた。

『きりりと鋭角に描かれた眉。

千変万化の表情を創る黒い瞳と、マシュマロのような愛くるしい唇。

触れば、吸付いてきそうな肌。

整った御碗形の美しい乳房、品の良い乳輪にポチリと乳首が乗っている。

肉付きの良い尻、はちきれるほど若さの詰まった太腿。』

そのどれもが“あの”小林一美と同じであるはずなのに、全く別人とも思える。

『眉間に寄り、苦悶の記号を描く眉。

うつろな瞳は憂いを帯び、歪んだ唇は何かを訴えているようだ。

弾力のある美肉には麻縄が食い込んでいた。

乳房に掛けられた縄は、形の良い半球をさらに美しく強調する。乳輪は楕円に歪み、乳首は搾り出されるようにツンと勃っていた。

湯気立つ桃尻が男を誘い、太ももは縄によって開かれ、もはや秘部を隠す事は適わない。』

縛られた小林一美は生きている。

体温を感じ、息遣いが聞こえる。大量のフェロモンを含んだ彼女の匂いは、絶えず官能を刺激する。そればかりでない。彼女の周囲の空間は緊張し、心の動きをそのまま私に伝えてくれた。

「魔性」とは、まさにそういう力ではないのか。

30年もの間、不断に彼女を追い続ける私は、その魔性に狂わされている。

第二章へ続く

文 やみげん 写真 杉浦則夫

ドキドキした思い出

僕は物心が付く前から車がとても好きで、帰宅すると一人で自家用車に乗り込みハンドルを握って運転手気分を楽しんだり、トランクの中を漁って遊んでいました。
いつも通り遊んでトランクの中を漁っていると、ある雑誌を手にしてしまったのです。
表紙を捲ると、女性が全裸になって麻縄で縛られていたり、尻が真っ赤に腫れ上がっていたりと、数々の衝撃的な写真を見た僕は心臓が高鳴り、父が車に乗って来ないか気にながらも見入っていました。
何故か“縄で縛られている女性は美しい”と感じました。いや、辛そうな事をしているのに喜んでいる様に見えたのです。
今でも覚えているページがあります。
後ろ手に縄で縛られた女性が布団に横たわっている側で赤子がスヤスヤと眠っている写真のページに衝撃が最高潮に達しました。
小学4年生の少年には刺激が強くて、いつまでも脳裏から離れなかったのは言うまでもありません。

あの時に感じた衝撃が忘れられず、今でも追っているのだと思うのです。
縄を纏う事によって更に美しくなる女性を求めて。