投影 ~小林一美を求めて~ 古本屋

第五章 、古本屋

なるべく嵩を減らさねばならない。
問題は写真集や雑誌を入手しても、その隠し場所が無いことであった。部屋は与えられていたが、プライベートなど何の保証もない年齢であり、これは少年にとっては大問題となる。購入資金を親からどう頂くか、よりも深刻と言えた。
結果。
嵩を出来るだけ低くし隠し易くする事で、親の目から逃そうと決めた。
私は「小林一美」と、ごく数人のお気に入りのモデルを手元に残す一方で、大半のページを捨てていったのだった。写真集、雑誌の区別は無い。
シュレッダーのごとく、ハサミで細かく細かく切り刻んでゴミにした。今思えば、なんと勿体無い!なんと残酷な作業!
その後の私の人生が苦難の連続なのは、ひょっとしてその時捨てられた彼女たちの怨念のせいかもしれない。

以上余談。

高校生となった私の、小林一美探しの主戦場は古本屋であった。休日は、目ぼしい古本屋の梯子が常となる。身分が身分であったので、なんと言っても安いのが助かった。
時に、他のモデルに浮気する事もあったが、限られた予算の中では、なにより小林一美が優先される。雑誌の投稿欄に、小さく切り取られた彼女を発見した。そんなものまで片っ端であった。

途中、雑誌の撮影同行記で、彼女が業界著名人の奥方様であるとの記事を読んだ。後に、これは誤報と判明するのだが、その時は「人妻・小林一美」をリアル世界に想った。
また、「小林一美」の名前で、ポルノ映画に出演が決まったとの記事も憶えている。その記事近辺に上映された映画がビデオ復刻される度に、キャストをチェックするのだが、それらしい名前をみつける事は出来なかった。

ここで、自販機本「美人OL・蜜虐」(美女・呪縛)の存在を記しておく。

裏表紙で、藤色のブラウススーツの彼女が、縄で作られた巨大な蜘蛛の巣に捉えられている様は鮮烈であった。後手に縛られているわけでも、胸縄が掛かっているわけでもない。しかし、緊縛愛好者の深層にある情景を見事に表現していたと思う。

この時のモデル名は「小林一美」。一冊全部が彼女だ。それだけで本を抱きしめたくなった。
A5、B6の画像サイズでしか彼女を知らなかった私にとって、刺激的だったのは、一回り大きな自販機本のB5の紙面だった事だ。彼女の肌感をよりリアルに感じる事が出来た。

ドラマ仕立ての内容で、彼女が性奴へと落ちていく過程が順を追って描かれている。男優との絡みもそれまでの緊縛グラビアには見当たらない。
自ら想像力をめぐらせ、緊縛姿の彼女と戯れるSM雑誌の系譜とは違った興奮を感じた。

野外撮影のカットも、それまでに無いものであった。冒頭、彼女はビルの屋上で着衣のままオナニーにふける。
最近になって、30年前にそれが撮影されたと思われる東京西池袋のビルを探し当てた。今度機会があれば訪問したいと思う。
聖地巡礼のごとく、時を越えて彼女の気配に触れる事は出来るだろうか?

「蜜虐」は、SM雑誌およびその周辺とは、全く別に突如現れた“大物”であった。

以降、私の小林一美探しは、自販機本をも含むことになる。案の定、「蜜虐」の小林一美が、別な自販機本の表紙を飾っていたり、といった具合だ。

これは、彼女の存在する世界、彼女を探求する世界が爆発的に拡大したことを意味する。
古本屋の本棚も、天井近くから足元まで、これまで以上に丹念に確認する必要があった。

終わりが見えなくなっていく。