《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。
「ふふ。
信じない?
作り話だって思ってるでしょ。
わかるわよ、信じてない目だって」
美里はテーブルに身を乗り出し、いたずらっぽく美弥子の瞳を覗きこんだ。
「いいからいいから。
わたしだって、誰も信じないと思うもの。
だから、今まで誰にも話さなかったんだ。
美弥子さんが、初めてよ。
人に話したの。
あー、なんかノド乾いちゃった」
美里が語り終えたのは、転校先の学校での出来事だった。
3年前……。
いや、ほんの2年半前のことでしかないのだ。
2人が通う高校から、美里が転校して行ったのは。
しかし美里には、十分すぎるほど長い旅だったに違いない。
あどけなかった少女は、すっかり大人びて帰っていた。
「おいしい紅茶ね。
もう一杯、いただいていい?
あれ?
ポット空だわ」
美里の物語に引きこまれ、ティーポットが空になっていることにも気づかなかった。
「あ、大丈夫。
自分で入れて来るから。
立たなくていいってのに。
美弥子さん。
さっきから気になってたんだけど。
ほら、ベランダのテーブルセット。
スゴく素敵ね。
あの白い椅子、海辺のリゾートとかにあるヤツなんじゃない?
外人さんが日光浴してるみたいな。
背もたれが倒れるんでしょ?
ねえ?
今度はあそこで飲みたいな。
いいでしょ?
暑い?
大丈夫よ、曇ってるんだもの。
わたしは、紅茶入れてくるから……。
美弥子さん、カップをベランダに運んでもらえない?
せっかく立っちゃったんだから。
お願いできる?」
「あー、やっぱり外は気持ちいいわ。
ほんと、リゾートにいるみたいね。
曇り空が、ちょっとだけ残念だけど。
ねえ。
さっきの話には……。
続きがあるんだ。
と言っても、あの木造校舎のお話じゃないの。
あそこには、2度と行けなかった。
続きってのは、あけみ先生とのお話。
音楽室で、あの不思議な物語の顛末を聞かされた後のこと。
あけみ先生が、写真部の顧問だって話は、したわよね?
で、誘われたわけ。
入部。
迷いは無かったな。
放課後、寄宿舎に戻るまでの時間つぶしになるしね。
それにやっぱり、あけみ先生のことを、もっと知りたかった。
ていうか……。
やっぱり、自分のことを知ってる人のそばにいたかったんだろうね。
聞いてくれる?
あの日の続き。
こっちの方が、ずっと衝撃的なお話なのよ」
―――――――――――――――
音楽室に呼ばれた、その週の金曜日だった。
携帯にメールが入った。
あけみ先生からだった。
アドレスは、音楽室で教えてたの。
後で連絡したいからって言われて。
メールは、放課後、体育館に続く廊下に来てほしいって内容だった。
行ってみると……。
あけみ先生は、もう待っててくれた。
「時間、大丈夫?」
「はい」
「寄宿舎に帰るだけ?」
「はい」
「じゃ今日は、写真部の部室に案内するわ。
いいのよね?
入部」
「はい」
あけみ先生は、わたしの返事ににっこり微笑むと、黙って歩き出した。
体育館に続く廊下から、本校舎に戻った。
文化部の部室のあるエリアは知ってた。
体育館から、すぐ近くの場所。
写真部も、当然そこにあると思ってた。
でも、あけみ先生の後ろ姿は、そこをあっけなく素通りした。
わたしの当惑に気づいたのか、あけみ先生が振り向いた。
「写真部は、ここにはないの。
待ち合わせ場所をあそこにしたのは……。
あなたがまだ、校内をよく知らないと思ったからよ」
あけみ先生は、すれ違う生徒の会釈に鷹揚に応えながら歩いていく。
わたしは後ろから付いていきながら……。
先生のお尻ばっかり見てた。
ひょっとして今日も……。
紺色のスカートの下には、縄が食いこんでるんじゃないか、なんてね。
そんな妄想しながら歩いてたら……。
先生が、突然立ち止まった。
背中にぶつかりそうになって、慌てて飛びのいた。
一瞬だけど、いい匂いがしたな。
先生は、大きな扉の前に立ってた。
本校舎から続いた廊下が、その扉で行き止まりになってた。
廊下の窓から見える景色で、だいたいの居場所はわかった。
本校舎の外れ。
そして、この扉の向こうは……。
あの建物のはず。
校内探検してるときから、その建物は気になってた。
本校舎は、普通の四角いコンクリートなんだけど……。
そこにくっつく形で、その建物が立ってた。
ヨーロッパのお城みたいなの。
上の方は、水色の屋根が載ったドームみたいになってるし。
でも正直、あんまり素敵だとは思わなかった。
なんか……。
ラブホみたいな感じでさ。
でも、いったい何の建物だろうって、不思議に思ってた。
授業じゃ、ぜんぜん使われないみたいだし。
「ここ、何だかわかる?」
わたしがクビを振ると、先生は満足そうに笑った。
「ここから先はね……。
言ってみれば、“禁区”ね。
生徒はもちろん、一般教師も入れないエリア。
理事長のプライベートスペースなの」
先生は、種明かしをするような仕草で、スーツのポケットから鍵束を取り出した。
「でも、わたしは入れるの。
パスポートがあるのよ。
今日はあなたを、この“禁区”にご招待するわ。
今の1年生でここに入るのは、たぶんあなたが初めてじゃないかしら。
生徒会長だって、任期中に1度呼ばれるかどうかってくらいだもの」
「あの……」
「何?」
「写真部の部室って……」
「そう。
ここにあるのよ」
生徒が入れないようなエリアに、どうして部室があるんだろう?
あけみ先生は、わたしの困惑を心底楽しんでるみたいだった。
先生は、マジシャンみたいな大げさな手振りで、鍵穴に鍵を挿しこんだ。
扉の向こうは、大きなホールだった。
そう。
ホールとしか言いようがないの。
何にもないんだもの。
でも、装飾は凝ってたわね。
よく言い表わせないけど……。
宮殿のダンスホールみたい。
縦長の意匠を凝らした窓。
古典風の絵画。
でも、調度類が何もない。
壁際に、椅子が何脚か置いてあるだけ。
美術館で、監視員が座ってる椅子みたいだった。
「ここ、何に使う部屋だと思う?
似たようなとこ、見たことない?
ほら、ホテルなんかのイベントホール。
結婚式とかに使われるスペースよ。
ここも、パーティなんかを開くために作られたみたい。
確かに、落成式の日には、外部からお客さんがたくさん来てたみたいだけど……。
その後は、聞かないわね。
ここが使われたって話。
ま、ここじゃ、立食パーティしか出来ないだろうしね」
先生は、パンプスの靴音を木霊させながらわたしを先導した。
わたしの内履きは、床のタイルでキュルキュルと音を立てた。
「部室は、この上。
エレベーターもあるけど……。
こっちの方が、いいでしょ」
先生は、壁際に廻らされた階段を上り始めた。
金色の手すりが細い木柵の上に渡ってて、柵の隙間からもホールを見下ろせる。
階段は、ホールの膨らみに沿ってカーブしてるから……。
上ってるうちに、目眩がしそうだった。
2階に上がると……。
でもあれ、2階って云うのかな?
ホールは、もっと高くまで吹き抜けになってるの。
そのホールの真ん中くらいの高さのとこに、バルコニーみたいなのが付いてる。
階段の行き先がそこ。
そのバルコニーからホールを見下ろしたら、ほんとに目が回りそうになった。
そんなに高いわけじゃないのにね。
中途半端な高さってのが、むしろ怖いのかも知れない。
そのバルコニーに背を向けると、広い廊下が伸びてた。
床は、ペルシャ模様みたいな絨毯が敷かれてた。
なんか、豪華客船みたいな雰囲気だった。
乗ったことないけど。
先生は歩きながら、廊下の突きあたりを指差した。
「あの扉が、理事長室」
先生の脚は、突きあたりの少し手前で立ち止まった。
「写真部の部室はここよ」
先生は、廊下に面した白い扉に向かうと、スーツのポケットから、再び鍵束を取り出した。
鍵束の立てるシャリシャリという音が、廊下を駈けてホールに逃げていくように聞こえた。
わたしの気持ちも、きっと逃げたかったんだと思う。
「はい、どうぞ。
暗いから、足元に気をつけてね」
先生に促されたけど……。
何だかイヤな気がして、脚が動かなかった。
「どうしたの?
閉じこめられるとでも思ってない?」
そのとおりだった。
開かれたドアの隙間からは、矩形の暗闇が広がってた。
「そんなことしないわよ」
そう言って先生は、先に部屋に踏みこんだ。
「今、明かり付けるから」
視界から先生が消えると、壁際でスイッチ音がした。
オレンジ色の明かりが灯った。
そう。
教室みたいな、蛍光灯の光じゃ無かった。
電球色の明かり。
「ほら、入って」
再び視界に現れた先生が、明かりの下で手招いた。
明かりが揺れてたのかな。
先生の顔に出来た翳が、動いてるように見えた。
恐る恐る踏みこんだ部屋は、廊下の外の世界とは、まったく違ってた。
なんか、夜の世界って感じ。
見上げると、天井が高い。
鉄骨の梁みたいなのが見える。
そこから、裸電球が下がってて……。
力のない光を落としてる。
「窓に板が張ってあってね。
光が入らないのよ」
ようやく目が慣れてきた。
不思議な部屋だった。
部屋っていうより、物置に近い感じかな。
だだっ広い。
電球が下がる鉄骨の下には、なぜか太い木の梁が、幾本も渡ってる。
古民家みたいな感じ。
床も板張り。
明かりが弱いから、よく見えなかったけど……。
油系のワックスでも塗られてるようだった。
板が張られてるって窓は、薄暗い中でも、すぐにわかった。
板の継ぎ目が、横糸みたいに光ってるの。
外の光が漏れてるんだね。
「今のとこ、明かりはこれしかないのよ。
壁にコンセントがあるから……。
今度、ライトでも持って来なくちゃね。
これじゃ、お茶も飲めないわ」
「あの……」
わたしが聞きたかったのは、もちろん……。
ほんとにここが、写真部の部室なのかってこと。
それらしい機材はまったく見あたらない。
それどころか、部員が座る椅子もない。
そもそも、人のいる気配がないのよ。
「なあに?」
「ほかの部員の人は……」
「いないわよ。
部員は、あなた一人」
「え?」
「まだ、部の申請してないの。
ていうか、部員一人じゃ無理でしょ」
わたしはきっと、どういう顔していいかわからなかったんだと思う。
先生は、そんなわたしの顔を、いたずらっぽく覗きこんだ。
「部員はいないけど……。
モデルさんはいるのよ。
これから紹介するわね。
あと、カメラはちゃんとあるわ。
ほら、そこの机」
先生が指差した壁際には、木製らしい大きな机が据えられてた。
太い脚の、重そうな机だった。
その上に、確かにカメラがいくつか載ってた。
その中のひとつに、わたしの目は吸いつけられた。
それは、お弁当箱みたいな形をしていた。
忘れようもない。
ともみさんが持ってた、ポラロイドカメラだ。
「覚えてた、そのカメラ?
あ、忘れるわけないか。
あなたは、行ってきたばっかりなんだもんね。
14年前の、あの日に」
先生の目は、悲しそうだった。
「うらやましい……。
あの日のすぐ近くにいるあなたが。
きっと、記憶も鮮明なんでしょうね。
わたしのはもう、セピア色。
どんな大事な記憶でも、年月と共に色褪せてしまう。
写真と一緒よ。
でも、あなたを見つけてからは……。
セピア色の写真に、色が戻った気がするの。
ねえ。
今日も穿いてるの?
あの、レモン色のショーツ。
こないだ、見せたでしょ。
14年前のあなたのショーツ。
記憶と一緒に、あの布地も色褪せてしまった。
なにしろ、あのショーツには、わたしの涙が染み過ぎたから。
幾度、あのショーツを握りしめて泣いたことか。
もちろん、ともみさんの持ち物があれば、そっちに縋ったわよ。
でも、ともみさんは何も残してくれなかった。
あの日の記憶に縋るには、あなたのショーツしか無かったの。
あ、こないだ、思いついたんだけど……。
ともみさんは、これから入学してくるわけよね。
あなたの後輩として。
そのともみさんに、あの日のわたしに……。
何か残してくれるように頼むってのは、どうかしら?
こういうのって、パラドックスって云うんでしょ?
もし、ともみさんが、何かを残してくれたら……。
わたしが、あなたのショーツに涙を零すこともなくなる。
そしたら、わたしのその記憶は、いったいどうなるんだろう?
わたしは、消えて無くなるの?」
先生に詰め寄られ、わたしは思わず一歩下がってた。
背中が壁に着き、後頭部が軽く音を立てた。
先生はその音で、ようやく我に返ったみたいだった。
「ごめんね。
あなたを責めても仕方ないわよね。
そうそう。
モデルさんが、お待ちかねだったんだ。
こっち来て。
えーっと……。
あなた、名前なんって云うんだっけ?
14年前には、自己紹介なんてしなかったもんね」
「棚橋美里です」
「そう。
棚橋さん。
美里ちゃんね。
じゃ、今からそう呼ぶわ」
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