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その日、遙は、バレーボール部の土曜部活で登校していた。
部活と言っても万年予選、しかも一回戦敗退の弱小バレー部の事。平日、体育館は他の強豪部で占められ、なかなか使わせてもらえない。グランドでは、さらに肩身の狭い部活を強いられる。だから土曜日しか、ネットを張った本格的な練習は出来なかった。
ただそれも、差し迫った試合など無い限り、気の合った有志数人が集まり、好き勝手に自主練習する程度。顧問も体育館の使用許可を取っている手前、練習始めには顔を出すが、そのうち居なくなっているといった、いい加減なものであった。
こんな調子だから、部室は与えられていない。着替えには普段使っている女子更衣室を利用する。
したがって、そんな事情を知らない林田が、遙らの休日練習など気にも留めず、無警戒に、更衣室に設置した盗撮カメラのメンテナンスしていたのも、無理からぬ事と言えた。廊下の先に、教え子の姿を見た時は、さぞ驚いたことだろう。
もちろん一方の遙にとっても、突然の担任教師の登場は、予期せぬものであった。そして同時に、不快なものであったに違いない。地味な風貌と退屈な授業。その為、生徒には不人気であった。それとは別に、林田が生徒、特に女子から忌み嫌われているのには、理由がある。いわいるセクハラ教師だった。何かと理由をつけては、女生徒の身体を触ろうとする。そればかりでない。彼女は中学校時代の友人から、彼の前任校での不埒を聞いていた。
この男、教え子への猥褻行為が問題となったという。遙はそれを、クラスメイト達に報告していた。いや、それでも彼女の伝え聞いた話は、かなり薄められた内容となっていたようだ。実際の関係は、遥らが思いも及ばないほど、陰惨なものであった。
その犠牲者は、当時、入学したばかりの女生徒だった。希望に満ちた、楽しい高校生活を思い描いていた事であろう。見た目に、大人しい少女であった。遙とは同期にあたる。
新しい環境に入り間もなく、担任教師がもたらした突然の凶事。友達が出来る前であったし、片親である母は昼夜無く働いており、娘とのコミュニケーションが不十分だった。その為に、誰に相談する事も出来ず、林田の辱めにじっと耐え続ける他ない。
悲運にも、彼女は被害生徒の中で歴代最年少だった。三年という在校期間、わずかな差であっても、その若さは中年教師を魅了する。つい夢中になり、毎日放課後に生徒指導室へ呼びつけては淫らな行為に及んだ。他の生徒が、そういった特別な関係に気づかぬはずがないではないか。
程なく二人の関係は、少年少女達の好奇心をそそる、格好のスキャンダルとして広まる。「教室から喘ぎ声が聞こえた」だの「ゴミ箱にコンドームが捨ててあった」「いや、すでに妊娠している」といった話が、無責任に拡散された。やがて、その噂が保護者達の耳に入り、トラブルとなった。昨年秋の事である。
林田は、学校の事情聴取に際し、「行き過ぎた指導があった」の他は、知らぬ存ぜぬを通した。女生徒は、密室での淫行に口を噤み、他に事情を知る者が現れるでもない。
彼はクラス担任を外されたが、それ以上の処分は無かった。とはいえ、その後直ぐに、別の学校へ転任させられるという人事が、暗に事の重大性を示している。男の日頃の行状から、誰もが薄々、「噂に近い真実」を感じ取っていたのだった。
結局、その女生徒も学校に居られなくなり、二年への進級に合わせて転校を余儀なくされたと聞く。
高校生になっての転校は大変だったはず。表向き否定はされたが、やはり噂どおり、如何わしい行為はあったのだろう。だとすれば、あんな冴えない中年男と同意のはずが無い、絶対に無理矢理だったに決まっている。
あまりに憐れであった。遙は、一面識も無い他校の生徒を思いやり、ひどく同情した。一方で、加害教師に対して言い知れぬ怒りを感じたのだった。何故、こんなトンデモ教師が辞めさされずに済んでいるのか、正義感の強い遙には不思議でならない。
所謂、大人の事情であった。
第四話へ続く
文章 やみげん
写真 杉浦則夫
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